基生研ら,フェトム秒レーザで植物の代謝系を解明

基礎生物学研究所(基生研)の研究グループは,シロイヌナズナの葉の細胞内で,光呼吸などの代謝をつかさどるペルオキシソームが光環境下で形態を大きく変化させ,葉緑体と相互作用することを発見した。この仕組みを明らかにするべく,奈良先端科学技術大学院大学と共同研究を行ない,フェムト秒レーザを使って,葉緑体からペルオキシソームを引き剥がし,暗所と明所にある葉緑体とペルオキシソームの接着力を具体的に明らかにした(ニュースリリース)。

基生研のグループは,植物細胞内の顕微鏡観察を行なう過程において,暗所でペルオキシソームの形態が徐々に変化することを発見した。詳細に調べた結果,この形態変化が,暗所では球形に,明所では葉緑体に寄り添う様なアメーバ状の構造に変化することから,光に依存していることが明らかになった。

また,ペルオキシソームと葉緑体の運動を解析すると,明所では葉緑体に接着したままのペルオキシソームと,葉緑体間を移動するペルオキシソームの2種類が存在することも明らかになった。一方,暗所では球形のままふらふらと揺らいでおり,ほとんど運動を行なわず,葉緑体との接着も減少しているようだった。

そこで,この光依存的なペルオキシソームの形態と葉緑体との接着力の相関性を明らかにするために,高強度のフェムト秒レーザを細胞内に集光照射したときに誘導される微小な爆発現象を利用した工学的な手法を用いた解析を試みた。

フェトム秒レーザを用いた生体における接着力の測定は,奈良先端科学技術大学院大学が開発した手法であり,これまでに白血球の血管内皮細胞の接着力の測定,および,培養細胞の接着力の測定に用いられていた。今回,植物細胞内の微小構造の接着力測定へ,この手法を初めて応用した。

実験で使用したフェムト秒レーザの強度は,2光子顕微鏡の光源として用いられるフェムト秒レーザの1,000倍以上で,集光点では蛍光励起にとどまらず,爆発現象が引き起こされ,集光点の周囲に衝撃力が伝搬する。このレーザをペルオキシソームと葉緑体との接着点近くに照射することで衝撃力を作用させ,葉緑体からペルオキシソームを剥離させることに成功した。

はさらに,この衝撃力の強度を原子間力顕微鏡のカンチレバーの振動により定量し,葉緑体からペルオキシソームを剥離させる確率と照合して,剥離に必要とされる力(圧力)を算出した。その結果,明所では暗所と比較して,ペルオキシソームと葉緑体との接着力が約2.5倍に上昇することが示された。

この暗所と明所におけるペルオキシソームと葉緑体の接着力の差は,熱揺らぎによる運動(ブラウン運動)とほぼ同じであり,この結果は,ペルオキシソームと葉緑体の接着の制御が,植物細胞内に必然的に存在する熱揺らぎを利用することにより極めて省エネルギーに行なわれていることを示している。このように,植物細胞内では光合成を最適化し,より大きな生体エネルギーを生み出そうとすることが明らかになった。

さらに,この現象が光合成活性依存的に引き起こされること,ペルオキシソームの運動を止めるとさらに強化されることも,生理学的解析とフェムト秒レーザによる解析から明らかになった。

この研究を通して,光環境下において植物細胞内では,ペルオキシソーム,ミトコンドリア,葉緑体の活発な物理的相互作用が引き起こされた結果,光呼吸などの代謝がスムーズに行なわれ,植物の生存を支えていることが明らかになってきた。また今回,研究グループが用いたフェムト秒レーザによる植物細胞内のオルガネラ間接着力測定技術は,植物細胞内における世界で初めての応用例であり,他のオルガネラ相互作用解析や変異体解析など今後の応用が期待されるという。

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