情報通信研究機構(NICT)は,電気通信大学と共同で,量子情報通信ネットワークの基本操作である「量子もつれ交換」を従来技術の1,000倍以上の高速化に成功した(ニュースリリース)。
量子もつれ光子対は,離れた2地点にある光子の間に強い結びつき(いわゆる量子もつれ相関)を持つため,レーザ光では実現できない安全な通信(量子暗号)や高速の計算(量子計算)を実現することができる。複数の量子もつれ光子対をネットワーク上で伝送し,必要な地点間で量子もつれ相関を自在に形成することができれば,量子暗号の長距離化や量子計算機のネットワーク化が可能になる。
そのための基本的なプロトコルが量子もつれ交換。これは,地点A,B間及び地点B,C間でそれぞれ量子もつれ光子対A-B及びB-Cを共有し,中間地点Bにおいて各対の光子2つにベル測定と呼ばれる操作を行なうことで,本来,相関のなかった地点A,C間に量子もつれ相関を形成するもの。
量子もつれ交換を通信ネットワーク上で実現するためには,光ファイバに適した通信波長帯の光子対を用いる必要がある。通信波長帯における量子もつれ交換の処理速度は,これまで最大でも10秒ごとに1回程度しか行なうことができなかったため,プロトコル自体の原理実証はできても,実ネットワーク環境下の通信実験には至っていなかった。
量子もつれ交換を高速化するためには,要素技術となる光子検出器の高速化と高感度化,さらに,A-B間,B-C間の量子もつれ光子対を生成する量子もつれ光源の高輝度化と高純度化が必要となるが,NICTでは,平成25年11月に,通信波長帯超伝導光子検出器の大幅な高感度化(検出効率30%→80%)に成功している。
さらに,平成26年12月,光ファイバ通信波長帯において,高輝度・高純度量子もつれ光を生成できる周期分極反転ポタシウムタイタニルフォスフェート(KTiOPO4)結晶を用いた独自の高純度かつ高速の「量子もつれ光源」を開発した。
今回,これらの要素技術を統合し,さらに,2つの独立な量子もつれ光源から生成されたA-B間,B-C間の2組の量子もつれ光子対の光子を地点Bで極めて高精度で干渉させるための同期技術を確立することにより,1秒間に108回の量子もつれ交換を行う装置の開発に成功した。これは,従来の速度の1,000倍以上に相当する。
今回の成果により,これまでは速度が遅すぎて不可能だった,光ファイバネットワーク上での量子もつれ交換実験が可能になる。このことにより,量子暗号の長距離化に向けた研究開発が大きく前進する。
数百kmを超える長距離量子暗号を実現するためには,送受信者間で量子もつれ光子対を形成する必要がある。しかし,量子もつれ光子は,伝送中の雑音・損失によりその性質が容易に破壊されてしまうため,中継点で破壊された量子もつれの性質を回復する「量子中継技術」の実現が不可欠となる。量子もつれ交換は,その量子中継を実現するための最も重要な要素技術の一つであることが知られており,今回の成果は,量子中継の実現に向けた大きな前進となる。
NICTでは,今後も産学官の機関と連携し,量子暗号の長距離化や量子計算機のネットワーク化に向けた研究開発を進めていく予定としている。
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