東北大学と大阪大学の研究グループは,従来の物質とは全く異なる新しい状態をもつトポロジカル絶縁体と普通の金属を接合させることによって,普通の金属にトポロジカルな性質を付与する「トポロジカル近接効果」という新しい現象を発見し,質量のない高速のディラック電子をトポロジカル絶縁体の外に取り出すことに初めて成功した(ニュースリリース)。
近年「トポロジカル絶縁体」と呼ばれる,従来の物質とは全く異なる新しい状態をもつ物質が存在することが明らかになっている。この物質は,内部は電流を流さない絶縁体であるのに対して,その表面にディラック錐と呼ばれる特殊な金属状態が現われ,そこでは電子が磁石の性質であるスピンの向きをそろえて動き回っていると考えられている。
この表面ディラック電子は,物質内部の電子よりも格段に高速で,かつ不純物に邪魔されにくいという特性を持っており,その起源が物質中の電子状態が持つ位相幾何学的(トポロジカル)な性質にあると考えられている。現在,このディラック電子を利用した次世代の超低消費電力デバイスや超高速の量子コンピュータへの応用に向けた研究が進められている。
トポロジカル絶縁体を実用的なデバイスとして機能させるためには,従来の半導体エレクトロニクスの場合と同様に,異種材料を接合させて電子回路や素子構造を作ることが不可欠となる。トポロジカル絶縁体に「絶縁体」(普通の絶縁体あるいはトポロジカル絶縁体)を接合させた場合については,理論と実験の両面からこれまで多くの研究がされており,ディラック電子の振る舞いの全貌が明らかになってきている。
その一方で,トポロジカル絶縁体に「金属」を接合させた場合に何がおこるかについては,これまで未解明だった。金属とトポロジカル絶縁体の接合は,トポロジカル絶縁体デバイスを開発する際に必須の要素技術であるため,接合による金属電子とディラック電子への影響を明らかにすることは重要と考えられている。
今回研究グループは,2010年に同グループが発見したTlBiSe2(Tl:タリウム,Bi:ビスマス,Se:セレン)というトポロジカル絶縁体の上に,わずか2原子層のBi超薄膜を接合し,スピン分解光電子分光を用いて,ディラック錐とBi超薄膜のエネルギー状態を高精度で調べた。
その結果,Bi超薄膜によってディラック錐のエネルギー状態が劇的な影響を受け,もともとトポロジカル絶縁体の表面に局在していたディラック電子がBi側に移動する「トポロジカル近接効果」が起こっていることを初めて突き止めた。この発見は,「トポロジカル絶縁体のディラック電子は表面に束縛されて結晶外に取り出せない」というこれまでの常識を覆すとともに,「トポロジカル表面状態を実空間で操作する」という,全く新しい概念を提案するもの。
今回の研究成果は,トポロジカル絶縁体と金属を接合して初めて実現する「トポロジカル近接効果」という新しい量子現象を初めて明らかにした。今後,この効果を積極的に活用する事で,例えば,ありふれた金属にトポロジカルな性質を意図的に付加して,スピントロニクス素子の性能を格段に向上するといった応用が期待される。また,今回の成果により,トポロジカル絶縁体を利用した次世代省エネデバイス研究の進展が期待されるとしている。
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