東京大学と海洋研究開発機構は,日欧米による探査と実験の綿密な連携によって,土星の衛星エンセラダスの地下海に海底熱水環境が存在することを明らかにした(ニュースリリース)。
エンセラダスは土星の氷衛星の1つであり,直径500キロメートル程度の天体。この衛星は,南極付近の地表の割れ目から地下の海水が間欠泉のように宇宙に噴出している。アメリカ航空宇宙局(NASA)のカッシーニ探査機は,プリュームと呼ばれる間欠泉の中を通過し,海水に塩分や二酸化炭素やアンモニアなどのガス成分,有機物が含まれることを明らかにしてきた。
さらに重力データから,南極周辺の地下に広大な地下海が存在し,岩石からなるコアと接していることも明らかになっている。地下海が存在する天体は,木星の衛星などこれまで複数見つかっているが,地下海を直接調べることは困難であった。その点,エンセラダスは海水を宇宙に放出することで,内部の様子を直接調べることができる。
2005年のプリューム発見以降,生命存在の期待も高まっている。地球の深海の海底熱水噴出孔では,地球の熱エネルギーを使って生きる原始的な微生物が存在する。太陽光の届かないエンセラダスの地下海に,そのような熱水環境が存在するのかこれまで明らかではなかった。
カッシーニ探査機は,探査機が土星周回中にナノメートルサイズのシリカに富む謎の微粒子と何度か衝突していたことを明らかにしている。地球上でナノシリカ粒子は,高温の水が岩石と触れ合うことで岩石成分が熱水に溶け,その熱水が急冷することで析出する。したがって,ナノシリカ粒子は水と岩石が反応を起こしている物的証拠となりうる。
アメリカとドイツの研究グループは,これらナノ粒子がほぼ純粋なシリカからなること,そしてこれらが土星を周るエンセラダスの軌道周辺に存在していたことを明らかにした。つまり,ナノシリカ粒子はエンセラダスの地下海で形成され、プリュームと共に宇宙に放出されていたのである。
しかし,ナノシリカ粒子の生成は,温度だけでなく,岩石や海水の組成,pHにも依存し,具体的な地下海の温度条件を推定することは難しい。そこで日本の研究グループは,プリュームで観測される二酸化炭素やアンモニアを含む水溶液と,初期の太陽系に普遍的に存在していたかんらん石や輝石粉末を用いた熱水反応実験を行ない,エンセラダス地下海の環境を明らかにした。
その結果,エンセラダス内部の反応でナノシリカ粒子が生成するためには,90℃以上という熱水環境が必要であること,また熱水のpHは 8~10のアルカリ性であることがわかった。さらに,ナノシリカ粒子は海水中で数年以内という短時間で大きな粒子まで成長してしまうことから,これらが熱水環境で生成してから宇宙に噴出するまでの時間は長くても数年であることを示した。
研究グループはこれらの結果に基づき,エンセラダスの海底に地球の海底熱水噴出孔に似た熱水環境はおそらくエンセラダスに広範囲に存在し,それが現在でも活発に活動しているという内部モデルを構築した。
この成果は,エンセラダスに液体の水,有機物,エネルギーという,生命に必須の3大要素が,現在でも存在することを示すもの。地球以外で生命を育みうる環境が現存することが実証されたのはこれが初めてあり,今回の成果は“生きた地球外生命の発見”という自然科学における究極のゴールに迫る大きな飛躍となるとしている。