名古屋大学の研究グループは,次世代有機エレクトロニクス材料として期待されるナノグラフェンの精密合成に不可欠な新反応・新触媒の開発に成功した(ニュースリリース)。
炭素原子からなるシート状の平面物質であるグラフェンの電気的特性は,シリコンの数百倍もの電子移動度をもつとも言われている。そのため,応用研究が進めば様々な電子機器(太陽電池やパソコンなど)の大幅な高性能化が実現できると期待されている。
グラフェンが無限に広がる蜂の巣シート構造をもつ一方,ナノメートルサイズの幅や長さをもつグラフェンである「ナノグラフェン」は,グラフェンにはない磁性や電気的特性をもち,またそれらの物性は幅,長さ,端の構造に強く依存することがわかっている。そのため,ナノグラフェンの特性を最大限に活かすにはナノメートルオーダーでの構造制御が必須となる。
しかし,ナノグラフェンを精密に制御して合成することは難しく,精密合成を達成した数少ない例では,ナノグラフェンの部品となるベンゼン誘導体をカップリング反応したのちに,最後にベンゼン環のシート化反応を施して,ナノグラフェンを合成していた。しかし,これらの反応では合成に多段階を必要とし,かつ最終段階のシート化反応が非常に難しく,副反応の進行や収率の大幅な低下がみられるなどの欠点をいくつも抱えていた。
今回,研究グループは,多環芳香族炭化水素という市販の化合物群(グラフェンのかけらと見なせる)を出発原料に用いて,これを鋳型にして炭素の2次元シートを一気に伸ばす反応を開発した。APEX反応と名付けられた今回の新反応は,ナノグラフェン類をわずか一段階で合成することを可能にする。新しい触媒(カチオン性パラジウム・オルトクロラニル触媒)と新しいシート伸長剤(ジベンゾシロール)の開発により,この合成は実現した。
開発した反応は,用いる鋳型(多環芳香族炭化水素)とシート伸長剤(ジベンゾシロール)の構造を変えるだけで,多様な構造のナノグラフェンを合成できる。また,これまで困難であった大スケールのナノグラフェン合成も可能。さらに,異なるシート伸長剤を順番に作用させて,設計図通りにナノグラフェンを精密合成することも可能になった。また,わずか2回の操作で鋳型の4倍以上の長さのナノグラフェンが合成できることもわかった。
さらに,鋳型からの伸長方向を厳密に制御することにも成功した。すなわち,開発したカチオン性パラジウム・オルトクロラニル触媒は多環芳香族炭化水素(鋳型)のK領域のみを活性化するため,この位置での炭素シートの伸長しか起こらない。さらに,このような特異な位置選択性(方向選択性)が発現する反応機構を,量子化学計算によって明らかにすることにも成功した。
今回得た基礎化学的知見は,高速トランジスタ,タッチパネル,半導体メモリ,太陽電池,ナノ電極など様々な応用研究にとって重要な成果となる。研究グループは今後,合理的に新反応・新触媒を開発することにもつながってくると期待している。
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