群馬大学,京都大学,高輝度光科学研究センターは,米ノースイースタン大学と共同で,大型放射光施設SPring-8の高輝度・高エネルギーの放射光X線を用いて,マンガン酸リチウムにおけるリチウムイオン挿入の電池電極反応に寄与する電子軌道の正体を明らかにした(ニュースリリース)。マンガン酸リチウムは,現在リチウムイオン二次電池の正極材料として利用されている。
リチウムイオン二次電池は,従来の電池に比べエネルギー密度が高いことなどから幅広く我々の暮らしを支えている。リチウムイオン二次電池では,リチウムイオンが正極と負極の間を移動することで充放電が行なわれるが,リチウムイオンが電極に挿入・脱離したときの電極反応については,十分に解明されていなかった。
研究グループは,マンガン酸リチウムに着目。マンガン酸リチウムは,主に電気自動車用のバッテリーの正極材料として利用されている。リチウムイオン挿入・脱離におけるマンガン酸リチウムの電子構造の変化について,一般的にはマンガン原子の3d 軌道が変化し価数が四価から三価になると考えられており,それを支持するバンド計算がある。一方,分子軌道計算では酸素原子の2p 軌道が変化すると指摘されており,統一した見解が得られていなかった。
そこで研究では,リチウム組成の異なるマンガン酸リチウムのコンプトンプロファイルを測定し,リチウムイオン挿入による電子構造の変化を調べた。電極でおこる化学反応のメカニズムを理解することは,リチウムイオン二次電池を実際に使用した際に,電池内で起こる電気化学反応の理解や電池の容量劣化の問題解決の第一歩となる。
コンプトン散乱実験では100keVを超える高輝度・高エネルギーX線が必要であることから,SPring-8の高エネルギー非弾性散乱ビームライン(BL08W)にて実験を行なった。リチウム組成 x が異なる3つのマンガン酸リチウム(LixMn2O4,x=0.496,1.079,1.233)のコンプトンプロファイルを測定し,x=1.079とx=0.496,および,x=1.233とx=1.079とのコンプトンプロファイルの差分を解析した。
このコンプトンプロファイルの差分は,リチウムイオン挿入によって変化する電子軌道(電池電極反応に寄与する軌道)を反映しており,KKR-CPA第一原理計算によって再現された。また,原子モデルによる酸素2p 軌道とマンガン3d 軌道のコンプトンプロファイルの計算と比較すると,酸素2p 軌道のコンプトンプロファイルに近い形を示した。
さらに,KKR-CPA第一原理計算と比較し,リチウム原子,マンガン原子,酸素原子の軌道ごとの電子数の変化を調べた結果,リチウムイオン1個が挿入されると,格子間の電子(酸素2p 軌道の電子)が0.96個増えた。また,マンガンサイトの電子数は変わらず,マンガンの価数の変化は起きていなかったが,マンガン3d 電子の軌道が広がる傾向が見出された。リチウムイオン電池におけるマンガン酸リチウム系の正極材料はマンガン原子の価数変化を前提として材料開発が進められてきたが,この成果はその見直しを求めるもの。
コンプトン散乱測定はその他の正極材料(コバルト酸リチウム系,リン酸鉄リチウム系など)や負極材料にも適用できるため,研究グループはリチウムイオン二次電池の充放電における電極反応メカニズムの総合的理解と,設計指針に基づく長寿命なリチウムイオン二次電池の開発に資すると期待している。
関連記事「産総研ら,リチウムイオン電池が充放電する時の電子状態の観測に成功」「東北大ら,全固体リチウム―硫黄電池の開発に成功」「東大,リチウムイオン電池と同等以上の性能を実現する新物質を発見」