慶應義塾大学と久留米大学は共同研究により,ヒトの皮膚細胞を血管内皮細胞に転換する遺伝子を同定した(ニュースリリース)。
血管は,組織細部に酸素や栄養等を運搬し,生命の維持に極めて重要な器官であり,生活習慣病等による血管障害に対して,血管内皮細胞の移植は有効な治療法となる。今回,研究グループは血管内皮細胞の発生に重要な18種類の候補転写因子をヒト皮膚線維芽細胞に導入し,血管内皮細胞に直接転換させる因子を探索した。その結果,たった一つの遺伝子ETV2(血管と血液の初期形成に必須の転写因子)を導入することで,ヒト皮膚線維芽細胞を機能的な血管内皮細胞に転換できることを見出した。
このヒト皮膚線維芽細胞から転換させた血管内皮細胞を免疫不全マウスの皮下に移植すると,1.5ヶ月後に壁細胞で裏打ちされた成熟した血管の形成が観察された。またマウスの下肢の血管を閉塞させて壊死を起こさせる下肢虚血モデルに移植した場合,有意に虚血を回復させることが分かった。
これらの実験により,この方法で作成されたヒト皮膚線維芽細胞から転換させた血管内皮細胞は,生体内でも機能的な血管を形成でき,虚血性疾患の治療に使用できることが明らかとなった。
これまでにもヒト皮膚線維芽細胞や羊水細胞に複数の転写因子を導入することで血管内皮細胞に転換できることが報告されてきたが,今回の方法は,たった一つの遺伝子を導入することにより血管内皮細胞を作製できる。よって,高い効率と安全性を保ちながら,血管新生療法への新たな細胞ソースの開発につながることが期待される。
また,現在iPS細胞等を用い,様々な体細胞を分化誘導する研究が盛んであり,既に神経細胞や心筋細胞等の作製に成功している。更に肝臓や腸管など立体臓器の再生も試みられているが,細胞レベルの再生と異なり,臓器の作成・維持には血管網の付与が必須となる。即ち,血管再生は臓器再生の成功を導く重要な条件の一つと考えられており,研究グループはこの研究結果について,臓器再生のためのより安全な血管内皮細胞の開発につながるものと期待している。
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