東大,光で形成する粘着性ゲルを用いた生体情報センサを開発

JST戦略的創造研究推進事業において,東京大学の研究グループは,光で形成する粘着性のゲルを開発し,湿布のように体に貼り付けるだけで生体情報を計測できるシート型センサーの作製に成功した(ニュースリリース)。

人間の運動や生体情報を精度良く電子的に計測するためには,センサや電子回路を計測対象に近づける必要がある。特に,センサを測定対象に直接接触させることによって,計測の信頼性を改善することができる。しかし,従来のエレクトロニクスは,シリコンを中心とした硬い電子素材で作られてきたため,硬い電子部品を生体に直接接触させた場合,装着時の違和感などが問題となっていた。また,硬いセンサが,生体のダイナミックな運動と干渉するなどの問題もあった。

こうした中,高分子フィルムやゴムシートなど柔らかい素材の上に電子部品を形成する技術が盛んに研究開発されるようになっている。例えば,有機トランジスタと呼ばれる柔らかい電子スイッチが,厚み1㎛の高分子フィルム上に形成され,曲げ半径10㎛まで折り曲げても壊れないデバイスが報告されている。

このような柔軟性のある電子回路を生体に直接貼り付ける場合,生体と直接接触する表面にさらなる工夫が必要となる。具体的には,表面における生体との親和性を良くし,柔らかさを維持しながらも素材は丈夫であり,また湿った生体組織の上でもすべらずに安定したコンタクトを得るための技術が求められていた。

今回,湿布のように体に貼り付けるだけで生体計測を行なうことのできるシート型電子回路の作製に成功した。この電子回路は,人間の皮膚やラットの心臓の表面に直接貼り付けて,ひずみのような物理量や心電など生理電気信号を計測することができる。また,シート型電子回路の表面は粘着性があるため,接触している表面がダイナミックに動いても,電子回路が体の表面からずれたり取れたりしない。

具体的には,厚さ1.4㎛の極薄のポリエチレンテレフタレート(PET)という高分子フィルムに,高性能な有機トランジスタの集積回路を作製し,生体と直接接触する電極部分だけに粘着性のあるゲルを形成した。試作した集積回路は,4.8×4.8㎠の面積に144(12×12)個のセンサが4㎜間隔で配列されている。

ゲル付きの電極は生体と直接接触し,生体からの電気信号を計測するセンサとして機能する。この集積回路は,対象物がダイナミックに動いても壊れない。例えば,膨らませたゴム風船の表面に張り付けて,100%の圧縮ひずみを加えるという実験では,電気性能が損なわれないことが示された。



開発の決め手は,生体適合性に優れる素材だけで,粘着性があり,かつ光で形成できるゲルを作ることに成功したこと。この新型ゲル素材は,ポリロタキサンと呼ばれる環動ゲルの中に,ポリビニルアルコール(PVA)を均一に分散させて形成される。光でさまざまな形に形成できるため,格子状に並べられたセンサの電極部分だけにこの新型ゲルを形成できる。

また,新型ゲルは粘着性があるため,湿った生体組織と良好な接触を維持することもできる。従来の手法では,生体組織が動くと,生体表面と接触している電極の位置がずれたり,はがれたりするという問題があったが,この新型ゲルの開発によって,従来の問題を解決できた。

今回試作したデバイスは,有機デバイスと粘着性ゲルの驚異的な柔軟性のため,ラットの心臓の表面に張り付けると,3時間以上にわたって良好なコンタクトを維持した。その結果,信号の質のよい心電計測が実現できた。PVAは溶けて粘着性がなくなるので,計測後にはデバイスを心臓に負担を掛けずに簡単に外すことができる。さらに,同様の設計手法で,高感度で伸縮性のある,ひずみセンサを試作した。このセンサを人の皮膚に直接貼り付けることによって,指の動きのような生体のダイナミックな動きを計測することができた。

研究グループは,2013年に,厚さ1㎛級の高分子フィルム上に有機トランジスタを作製し,タッチセンサや筋電計測センサに応用することに成功している。生体に直接貼り付けるだけで,生体のダイナミックな運動に追従できる多点計測のセンサが実現できたことによって,ヘルスケア,スポーツ,医療,福祉など多方面への応用が期待されるとしている。

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