九州大学,東京大学,独フリードリッヒ・アレクサンダー大学,スイスチューリッヒ工科大学は共同で,光パルスの任意の偏光状態を磁性体の磁化振動モードとして転写し,それらを情報媒体として書き込むことに成功した(ニュースリリース)。また,時間的に遅れて照射された別の光パルスを用いて磁化振動モードを読み取り,元の偏光状態の情報を失うことなく読み出すことに成功した。
磁性体は不揮発性を持つことからS/N極を記録媒体として広く利用されてきたが,他にも多様でかつ特異な性質を持る。例えば,反強磁性体は磁場を加えなくても数テラヘルツの共鳴周波数を有するため,超高速に動作する素子としての可能性を秘めている。
光を磁性体に照射したときに,磁化の向きなどの性質が変わる効果を光磁気効果と呼ぶが,実際,照射する光の偏光状態によってその効果が変わる磁性体が存在する。これまでに円偏光の光を照射すると磁化の向きが高速に回転することが示されているが,まだ基礎的な研究レベルに留まっている。
他方,直線偏光の光による光磁気効果は光磁気(MO)ディスクやミニディスク(MD)として商品化されているが,磁性体の性質が変わる理由は光の吸収による加熱効果であり,偏光の自由度を活かしたものではない。
このように光が持つ偏光自由度を最大限に活用して非熱的・超高速に磁気情報の制御を行う研究や開発は,これまでほとんど例がなかった。
研究ではまず,3回対称性を持つ反強磁性体に注目。この性質を持つ六方晶YMNO3は,3つの直交する独立な磁化振動モードを示す。ここに偏光ストークスパラメータS1,S2,S3の光パルスを照射すると,それぞれXモード,Yモード,Zモードの磁化振動モードが誘起される。これは光の3つの偏光自由度すべてを独立に磁化振動モードという形で転写できたことを意味する。
さらに光パルスに対して時間的に遅れて照射された別の光パルスを用いて,この3つの磁化振動モードを独立に読み出すことに成功した。また,偏光がねじれたダブル光パルスを用いて,約1テラヘルツで回転運動する磁化振動モードを単結晶系で引き起こすことにも初めて成功した。
この結果は,振動モードのそれぞれに「重ね合わせの原理」が成り立ち,ポアンカレ球上の任意の点で示される偏光を持つ光パルスの偏光情報を,磁性体に書き込み,またそれを別の光パルスで読み出せることを意味している。
従来の偏光メモリは,偏光ストークスパラメータS1,S2,S3のうちのどれか1つのパラメータの符号(±)を「0」と「1」のビット情報として記録していた。今回の研究の成果により,3つのパラメータをすべて用いて光の任意の偏光を保存する多重度・偏光メモリーの研究・開発が可能になるものと期待される。
また,研究グループは,今回得られた回転運動する磁化振動モードは円偏光のテラヘルツ電磁場パルスを放出すると予想している。これによりテラヘルツ周波数帯での円二色性や光学活性を調べることが可能になり,セキュリティチェック,医療診断,分子構造解析,建物の非破壊検査など,幅広い分野での応用が期待される。
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