産業技術総合研究所(産総研)の研究グループは,カーボンナノチューブ(CNT)内部の微細空間にヨウ化セシウム(CsI)を閉じ込めることで陽イオンであるセシウムイオン(Cs+)と陰イオンであるヨウ素イオン(I–)が交互に一列に並んだイオン結晶性のCsI原子鎖を合成した(ニュースリリース)。
微細な構造を持つ原子一個分の幅しかない原子鎖は,グラフェンに代表される二次元材料同様,優れた電気輸送特性などが予想され,集積化という観点からは二次元材料よりも期待が大きいが,これまでほとんど注目されていなかった。これは,原子鎖の合成から解析に至る学術研究の種々のプロセスが技術的に困難であるためで,学術的な理解もまだ深まっていない。
今回開発した技術は,直径1nm以下のCNTに,CsIの蒸気を接触させて,これをCNT内部の微細空間に高確率で取り込む技術であり,CsとIの二種類の元素が交互に並ぶ原子鎖を合成できた。
また,収差補正型電子顕微鏡による観察と電子エネルギー損失分光法(EELS)と呼ばれる電子分光技術を組み合わせて,この原子鎖の詳細な構造解析を行なった。1nm以下の間隔で並んだ原子を破壊することなく一つ一つ区別するために,電子顕微鏡は1nm程度の十分な空間分解能を保持しつつ,加速電圧を通常より著しく低い60kVまで下げて電子線による試料へのダメージを低減している。
CsI原子鎖のADF像とEELSによって得られたCsとIそれぞれの元素マッピングでは,二つの元素が交互に一列に並んでいることが分かった。この単純かつ理想的な構造については実際に作製・観察に成功したという報告はこれまでなく,材料科学における基盤ともいうべき重要な知見だとしている。
さらに最新鋭の収差補正型電子顕微鏡を用いて,陽イオンと陰イオンの動的挙動の違いなどCsI原子鎖に特有の新たな物理現象を発見した。また,密度汎関数法を用いた理論計算からこのCsI原子鎖は三次元のCsI結晶とは異なる光学特性を示すことが分かり新しい光学デバイスへの応用が期待される。
CsI原子鎖は目に見えるような大きな結晶とは著しく異なる光学特性を示すことから,例えばCsI原子鎖中の欠陥一個からの発光を利用した微小光源や光スイッチなど,新規の電子光学デバイスへの応用が期待されるという。
研究グループは今後,これら応用に向けて光学特性をはじめとした各種物理特性の詳細な検討を実験的な取り組みを中心に行なっていく。またこの技術を他の材料系にも応用して新たな材料の開発にも取り組んでいくとしている。
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