東大ら,有機分子ワイヤ中の電子移動速度を840倍にすることに成功

東京大学と独フリードリヒ・アレクサンダー大学らの国際共同研究グループは,COPVと名付けた新開発の有機分子ワイヤ中を電子が通る速度(電子移動速度)が,既存の分子ワイヤに比べて840倍程度も速くなることを発見した(ニュースリリース)。

電子デバイスの高密度化や省電力化を目指して,1個の電子でスイッチングや演算が可能なナノ~ピコメートルサイズの分子の素子や,素子同士の配線のための分子ワイヤの開発が活発に研究されている。分子ワイヤとしてはπ電子共役系有機分子が有望とされており,これまでオリゴ(フェニレンビニレン,OPV)等のさまざまな分子が研究されてきた。

東京大学の研究のグループは,OPVを炭素原子で架橋した構造を持つ「炭素架橋フェニレンビニレン」(COPV)と名付けた有機分子を開発ている。COPVは剛直な平面構造という特長に由来する電子共役効果が顕著であり,強い光吸収特性や量子収率100%の発光特性,多段階の可逆的酸化還元特性,高い安定性等のさまざまな優れた特性を示し,有用な有機材料として注目されている。

今回,このCOPVを分子ワイヤとして応用すべく,COPVの両末端に電子供与体(D)と電子受容体(A)を連結したハイブリッド分子を合成し,独大との共同研究として光誘起電子移動注の実験を行ない,分光学的手法によってCOPVを介したD-A間の電子移動速度を評価した。

その結果,マーカスの逆転領域と呼ばれるエネルギー領域で顕著な電子移動速度の増大が認められ,既存のOPVを分子ワイヤに用いた場合と比較して840倍程度も速くなっていることを発見した。

高速化の要因としては,①分子ワイヤで連結されている電子供与体(電子を提供する物質)と電子受容体(電子を受け取る物質)間の電子的相互作用(電子的カップリング)の増大と,②非弾性トンネリングと呼ばれる非線形効果の関与が示唆される結果となった。

特に,②のような効果は,これまで量子ドット等の無機半導体やカーボンナノチューブ(CNT)といったの炭素クラスタ等では観測されていた一方で,有機分子ワイヤでは,基板上に固定した分子を極低温(マイナス270度程度)等の条件下で観測した例に限られていた。

研究グループは今回の成果について,設計可能な有機分子ワイヤで常温駆動する初めての例として,基礎科学的重要性とともに,常温駆動する単分子エレクトロニクス素子等さまざまな方面への応用も考えられ,高機能・省電力な分子コンピュータの開発や早期実現に貢献すると期待している。

関連記事「京大,準平面型の骨格を用い太陽電池に適した革新的有機半導体材料開発に成功」「東大,自在に切り貼りできるナノチューブを開発」「東大、銀ナノシートを有する層状化合物において超高電子移動度を実現