大阪大学らの研究チームは,大強度陽子加速器施設J-PARCのミュオン施設MUSE(MUon Science Establishment)の世界最高強度のパルスミュオンビームを用い,数mm厚の隕石模擬物質から軽元素(C, B, N, O)の非破壊深度分析,有機物を含む炭素質コンドライト隕石の深度70μm,および深度1 mmにおける非破壊元素分析という新しい非破壊元素分析に成功した(プレスリリース)。
負ミュオン(μ–粒子)は,電荷-e,質量が電子の約200倍の不安定素粒子。ミュオンビーム分析の最大の特徴は,測定試料内でμ–粒子が重い電子として振る舞う事。μ–粒子は高い物質透過能力をもち,電子よりはるかに試料の奥深くまで侵入することができる。
試料中で運動量を失ったμ–粒子はある深さで元素に取り込まれる。元素に取り込まれたμ–粒子は電子よりも原子核に近い軌道を周回しながら,より低いエネルギー準位の軌道へと遷移し,元素ごとに特有のエネルギーをもつミュオン特性X線を発生させる。
このミュオン特性X線は,EPMA(Electron Probe Micro Analyzer)のような電子ビーム分析で発生する特性X線に比べ,約200倍のエネルギーを持ち(例えば,μ-C Kα線=75 keV,μ-N Kα線=102 keV,μ-O Kα線=133 keV),物質の透過能力が高いことから,cmサイズの物質内部の化学組成の情報を非破壊で取得できる。この元素分析法は40年以上前に提案されていたが,J-PARCの世界最高強度のパルスミュオンビームによって,初めて実現した。
研究では,次の3点に成功した。①μ-粒子の運動量を32.5 MeV/cから57.5 MeV/cまで段階的に変化させながら,SiO2, C(グラファイト), BN(窒化ボロン),SiO2の4層(各1.4 mm,計約6 mm)からなる試料に照射した深度プロファイル分析に成功した。
②太陽系誕生時の記憶を残し,生命材料ともなりえた地球外有機物を含む隕石である炭素質コンドライトの深さ70μmからの炭素ピークの検出に成功した(従来の電子ビームによる分析では極表面付近の数μm程度の深さしか分析できない)。
③今年度に打ち上げられ,C型小惑星からのサンプルリターン(2020年地球帰還)をめざす「はやぶさ2」の回収試料の非破壊元素分析を想定し,ガラスチューブに封入したマーチソン隕石から,隕石起源のMgとFeのピークを検出することにも成功した。
今回成功したミュオンを用いた化学分析は,非破壊でcmサイズの物質内部の元素の濃度と分布を知る事ができ,今後,位置検出型の検出器の開発が進めば,人類はX線ラジオグラフィーに次ぐ物質を透視する新しい”眼”を持つ事になる。例えば,未知物質や貴重な試料の化学組成(炭素などの軽元素も含む)を密封した状態で調べたり,2020年に帰還予定の「はやぶさ2」が小惑星から持ち帰ったサンプル中の有機物含有量や分布の非破壊分析などに大きな威力を発揮すると期待される。