東京工業大学は,固体中に生成される「マイナスの電荷をもった水素」(水素化物H–イオン)を,核磁気共鳴法(NMR)計測だけで簡単に特定する手法の確立に成功した。これは,物質中の水素の周りの空間の大きさと対応付ければ,NMRによる観測限界を補正できるという発見により実現したもの。
水素化物イオン(H–イオン)は,比較的特殊な存在と考えられていたが,近年いろいろな物材料の電気特性などの物性に影響を与えることが分かってきた。これまで同研究グループは鉄系超伝導体で,酸素イオンのサイトを水素化物イオンに置き換えることで,材料中の電子濃度を飛躍的に増加させ,超伝導の新しい性質の解明と超伝導転移温度の向上に取り組んできた。
またマイエナイトと呼ばれるセメント鉱物にH–を導入することで,紫外線に感応して電気伝導度を 10 桁以上も変化させることができ,機能性透明導電膜として応用できることを報告している。
しかし,無機材料中での軽い水素の存在や電荷の状態を評価することは一般に難しい。水素を評価する最も有力で普及している手法はNMR 法であり,病院でのMRI も同様の原理を利用している。ところが,H–が存在すると確証された材料であっても,NMR 法を用いると,むしろ正の電荷を持つH+と解釈される結果が出ることが多く,無機固体材料分野の謎の一つとされてきた。
研究グループは,マイエナエイトとその派生材料中にH–とH+の状態の水素を作り分け,NMR法によって化学シフトと呼ばれる元素の化学状態を反映する値を評価した。その結果,やはりH–とH+があべこべに判定されたが,これらの結果を第一原理計算で再現できることを確認したうえで,物質中の局所モデルを用いた論理計算により,この原因を突き止めることに成功した。
結論として,NMR 法を用いると,H–イオンは金属酸化物中で水酸基を形成するH+と一見同様の結果を示すことが確認された。またH–とH+ は,それらが取り込まれる局所的な空間の寸法に依存して化学シフトが系統的に変化することが分かり,これらの依存性からH–とH+が容易に判別できることが分かった。
同グループはこの結果を用い,歯や骨を構成する物質であるアパタイト中にもH–イオンが生成することを世界で初めて実証した。今回,未知のH–を明らかにする有効な手法を確立したことによって,H–イオンを含む新しい機能性材料の開発が加速されると期待される。
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