筑波大学(現東北大学)数理物質系助教の新関智彦氏らのグループは,高エネルギー加速器研究機構(KEK),北海道大学大学院らとともに,スパッタリング法を用いて,良質なコバルトフェライト単結晶薄膜を作製することに世界で初めて成功した。
この薄膜について磁気特性および結晶構造の評価を行なったところ,白金等の貴金属を含む磁性材料に匹敵する強い垂直磁気異方性を有することを見出した。HDDの記録媒体には,高記録密度化(大容量化)を実現するため,強い垂直磁気異方性を有する磁性材料として,希少で高価な白金を含む磁性金属合金が用いられている。今回開発したコバルトフェライト薄膜により,貴金属を用いない,高性能な垂直磁気記録方式の HDDの記録媒体を実現できる可能性が示された。
コバルトフェライトは,比較的入手の容易な元素で構成された酸化物。この格子をひずませることで,強い垂直磁気異方性が発現することは,従来から現象論的に予想されており,各国の研究グループが良質な薄膜を成膜する方法を検討してきたが,物性や構造の制御が難しく,実際に強い垂直磁気異方性を実現できた報告はなかった。
この研究でコバルトフェライトの成膜方法に関して検討を行ない最適化した結果,14.7 Merg/cm3もの大きさの垂直磁気異方性の発現を初めて確認した。この異方性の大きさは,次世代垂直磁気記録材料として利用するのに十分なもの。
結晶を歪ませるためには,形状や大きさ(格子定数)の異なる結晶格子を持つ物質の上に重ねるという方法が知られている。この研究では,酸化マグネシウム単結晶MgOを基板とし,その(001)結晶面上にCoxFe3–xO4薄膜を成膜した。成膜方法は,HDD媒体の製造に利用されているマグネトロンスパッタリング法で,コバルト鉄合金ターゲット(Co:Fe=1:2および1:3)を用い,反応ガスとして酸素を導入しながら成膜を行なう手法を用いた。
このようにして作製した試料を,KEKフォトンファクトリーBL-4C(放射光科学研究施設)で格子定数,格子歪などの構造評価を行なった。基板に用いたMgOと比べてCoxFe3–xO4の格子定数は約 0.5%小さいため,MgO上に成長するCoxFe3–xO4薄膜は界面に沿ってその格子が引っ張られ,膜が成長する膜厚方向に対しては逆に格子が縮んでいることが確認された。
また,室温におけるCo0.75Fe2.25O4薄膜のMsは430 emu/cm3で,バルクのそれと同等の値(Ms = 410 emu/cm3)となり,良質なCoxFe3–xO4薄膜が得られた。一方,磁気トルク曲線から読み取れる垂直磁気異方性は,印加磁場140 kOe においてKu= 9Merg/cm3であった。そしてコバルトの濃度を高めたCoFe2O4薄膜では,Ku=10Merg/cm3を示した。さらに詳細な解析を進めたところ,この試料はKu=15Merg/cm3にも達する垂直磁気異方性を持っていることが明らかになった。
このKuの値は,現在垂直磁気記録媒体として用いられているコバルトクロム白金合金 CoCrPtと比べて十分に大きなものであり,白金を含まない次世代記録媒体材料として有望である。
今後はHDDメーカとともに,この材料を白金フリー次世代磁気記録材料の有力な候補として,磁気特性や記録媒体としての適性について詳細に検討し,実用化に向けてさらなる磁気特性の向上を目指す。また,CoxFe3–xO4薄膜は数少ない絶縁性垂直磁化材料であることから,トンネル磁気抵抗素子における強磁性絶縁障壁層やスピン波の導体等のスピントロニクス材料としての展開も期待されるという。
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