結晶シリコン太陽電池の発電効率を上げるための手段として,太陽電池の表面に反射防止構造が適用されるが,研究室レベルのセルで使われるフォトリソグラフィを用いたものはコストが高く,市販製品に応用することは難しい。一方,単結晶セルを用いた市販の太陽電池には,アルカリエッチングによる反射防止構造がよく利用されているが,この方法で作成されるピラミッド構造は,2回反射した光は取り込めないほか,様々な結晶面を持つ多結晶セルには応用が難しいといった欠点がある。
そこで大阪大学産業研究所教授の小林光氏はシリコンウェーハを薬液に浸し,その上を棒状の触媒体のメッシュを転がすだけで,太陽光の反射を大幅に抑える反射防止構造を作成できる「化学的転写法」を考案した。この方法は低コストなだけではなく量産性にも優れ,6インチのウェーハなら20秒以下で加工できるという。
「化学的転写法」を用いると,シリコンウェーハの表面にはシリコンナノクリスタル層が作製される。このシリコンナノクリスタル層は,シリコンの密度が表面からバルクに向かって連続的に高くなる構造になっている。つまり連続的に屈折率が変化することで,屈折率の差によって起こる反射を防ぐことができるという仕組みだ。
実際に各種防止構造を施した結晶シリコン表面の反射率を調べたところ,酸エッチングをした多結晶シリコンが20%,アルカリエッチングを施した単結晶シリコンが10%だったのに対し,化学的転写法による単結晶シリコンの反射率は2%以下という結果が出た。化学的転写法は多結晶シリコンにも適用可能で,この場合の反射率も単結晶シリコンとほぼ同じ結果が出ている。
一方,化学的転写法を用いたシリコン太陽電池の弱点として,光起電力が低いことが挙げられるが,これについては硝酸酸化によるパッシベーション(保護膜の形成)による解決が有力視されている。このパッシベーションを施すことにより,少数キャリアーライフタイムが50倍以上に上がることが確認されているという。具体的には,シリコンナノクリスタル層を作成したパッシベーション適用前のシリコン太陽電池セルの開放光起電力が0.59V,変換効率17.6%だったのに対し,パッシベーション適用後は開放起電力0.65V,変換効率21.3%に向上すると計算される。
この技術はシリコン太陽電池への応用はもちろんだが,シリコンナノクリスタル層には発光する性質があることもわかっており,これを利用した発光材料やオプトデバイスの開発, さらにシリコンナノクリスタル層の特殊な構造を利用し,リチウムイオン電池の負極へ応用することも考えられるという。
小林氏は「太陽電池で大切なのは変換効率ではなくて発電コスト」であるという。今回開発した「化学的転写法」を用いれば,実験室で用いられているような高価な材料やプロセスを用いなくても,低コストでシリコン太陽電池の変換効率を上げることが期待されることから,太陽光発電の一層の普及に弾みが付くきっかけになる可能性を秘めている。
大阪大学 小林研究室HP