月刊OPTRONICS 特集序文公開

メタマテリアル熱電変換とその展開

1.メタマテリアル熱電変換

メタマテリアル熱電変換は均一な熱輻射環境において熱電発電する素子である。熱電変換素子の片側の電極のみに高い吸収断面積を示すメタマテリアルを形成すると,メタマテリアルは周囲環境の熱輻射を吸収し,その熱が熱電変換素子に与えられて熱電変換が駆動する。既存の熱電変換デバイスは均一な熱輻射環境では熱電発電しないが,メタマテリアルを用いれば環境中の熱を利用した環境発電が可能になり,Internet of Things(IoT)機器へ給電する電源としての展開が期待できる。また,メタマテリアル熱電変換の原理を利用すると,密閉空間内の冷却を可能にする,非放射冷却が実現できることを見いだした。この技術は高集積電子デバイスのパッケージ内部の冷却に応用できると考えられる。

本稿ではメタマテリアル熱電変換の駆動原理について簡単に述べたあとに,非放射冷却について解説する。

1.1 メタマテリアル熱電変換の実証

熱電変換素子は,素子両端の温度差を起電力に変換するゼーベック効果を利用して,熱エネルギーを電力に変換する素子である。素子両端間に温度差がある限り恒久的に発電するため,メンテナンスフリーなエネルギーデバイスとして注目されている。

ただゼーベック効果に基づく発電機構のため,既存の熱電変換デバイスは,均一な熱輻射環境では熱電発電ができない。そのような環境では,素子両端間の温度差が消失してしまうためである。そのため,我々に身近な環境である部屋の中や建物表層といった,均一な熱輻射環境に近い環境には,従来の熱電変換デバイスを実装することはできず,これが熱電変換の社会実装を妨げている。

これを解決するにあたり我々は,熱電変換素子の片側の電極表面のみに熱輻射を吸収するメタマテリアル吸収体を装着する着想に至った。高い吸収断面積を持つメタマテリアルは周囲環境で放射される熱輻射を吸収し,吸収損失として局所的な熱を生成する。局所的な熱はメタマテリアルの基板である電極を介して熱電素子一端に伝導伝搬し,素子上に温度勾配を誘起する。この機構により均一な熱輻射環境においても熱電発電を駆動することが可能になると筆者らは予測し,実証した。

実験では,373 Kの熱輻射を吸収するように設計したメタマテリアル(Metasurface absorber:MA)構造を銅電極上に作製した。銅電極のサイズは,横・縦長さ,厚みがそれぞれ4, 6 mm,および300 μmである。メタマテリアルは膜厚150 nmのAgおよび60 nmのフッ化カルシウム(CaF2)薄膜,直径1.75 μmのAgディスクで構成される。これをp 型のビスマスアンチモンテルル(Bi0.3Sb1.7Te3,㈱豊島製作所提供) 素子の一端に半田で固定した(図1(a)右端)。

図1(b)にメタマテリアルおよび比較電極の吸収スペクトルを示す。メタマテリアルは波長6 μmにおいて強い吸収を持つ一方,比較電極(点線)は2-10 μmの波長においては赤外吸収特性をほとんどもたない。熱電素子両端間の大きな吸収率の差が素子上の温度勾配を誘起する。

実験では,均一な熱輻射環境を模するために電気炉を用いた。メタマテリアル素子または比較素子を設置したユニバーサル基板を炉内の中央に設置した。電気炉内のファンにより発生する対流の影響を排除するため,素子にはカーボンポッド(内部直径2.8 cm,高さ1.4 cm)をかぶせた。図2 に環境温度と出力電圧の相関を示す。その結果,いずれの環境温度においてもメタマテリアル素子は比較素子に対し大きな出力電圧を示した。またメタマテリアル素子で発生した出力電圧は環境温度が上昇するにつれて増加した。一方,比較素子で発生した出力電圧は環境温度に関係なく,0 V 付近の出力電圧を示した。

プランクの法則により,環境温度が高くなるにつれ,熱輻射スペクトルの強度が高くなる。従って環境温度が高いほど,メタマテリアルはより多くの熱輻射を吸収する。メタマテリアル素子の発電特性が環境温度に比例して増加したことから,均一な熱輻射環境における熱電発電は,メタマテリアルの熱輻射吸収に起因すると結論した。

均一な熱輻射環境におけるメタマテリアル熱電発電は以下の機構に基づくと推測した。メタマテリアルは周囲環境が発した熱輻射を吸収し,吸収損失としてプラズモン局所熱を生成する。局所熱の伝導熱伝搬によりメタマテリアル下地の銅電極は温められ,局所熱が熱電素子に伝搬し,熱電素子上に温度勾配が形成される。この温度勾配によって熱電発電が駆動するため,メタマテリアル電極の局所熱は熱電変換によるキャリアの流れとともに反対端に輸送される。熱電変換素子の反対端に到達した熱は,熱電変換によって生じた起電力により導線を通じて電気炉外に流れ,電気炉外に設置された外部抵抗で消費されたと結論した。

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