月刊OPTRONICS 特集序文公開

総論—注目のメタマテリアル/メタサーフェス

1 はじめに

20個、銀12個、銅13個。オリンピックパリ大会では,日本選手団が日本国外で開催されたオリンピックとしては過去最多のメダルを獲得した。金や銀は光メタマテリアルの分野ではおなじみの物質であり、銅は周波数の低いメタマテリアルでは最もよく使われる物質なので、メタマテリアルにとっても金・銀・銅は重要である。電磁気学的な損失に注目すれば、銀が最も低損失で優れた物質だが、銀の欠点の一つは酸化や硫化されやすいという化学的な不安定性である。その点、金は化学的に安定で、可視光域における特性は銀に及ばないものの、総合点ではトップである。銅は高周波領域における損失が大きいので低周波数領域でしか使えないという欠点があるが、金・銀と比較して安価である点が最大の強みである。このようにこれらの貴金属の総合性能の比較では、オリンピックのメダル同様、金・銀・銅の順番になる。

メタマテリアルがこれらの貴金属と深く関連しているのは、メタマテリアルの基本的な動作原理がアンテナそのものであり、結果として電波領域では銅が広く使われ、光領域では表面プラズモンを励起できる低損失な金属材料として金や銀が使われたからである1)。これに加えて最近では、貴金属以外の材料を使ったメタマテリアルも多く提案・研究・開発されている。その一つが誘電体を使ったメタマテリアルであり、シリコンなどの半導体やSiO2TiO2 などの酸化物、TiNGaNなどの窒化物が、その用途に合わせて使用されている。

さて、本紙では昨年9 月号に「メタマテリアル/メタサーフェスとその応用」と題した特集が組まれたため、メタマテリアルの特集は2年連続ということになる2)。これは、最近になってメタマテリアル関連の応用技術がいくつか報告されはじめ、メタマテリアルが「使える技術」になりつつあるお陰だと想像するが、一方でメタマテリアルの研究・開発が世界的に活発化しているにもかかわらず、我が国の研究者人口は大幅に増加しているようには見受けられず、このコミュニティにおける我が国のビジビリティの低下が懸念される。本特集が、メタマテリアルやメタサーフェスに馴染みのない方々にも、その特徴と可能性を知るきっかけになれば幸いである。

2 メタマテリアルとメタサーフェス

前回の特集に続き今回の特集でも、「メタマテリアル/メタサーフェス」という表現を使った。実はメタサーフェスはメタマテリアルの一部であり、2次元版のメタマテリアルがメタサーフェスである。そのため、本来なら特集記事のタイトルも「メタマテリアル」だけで充分である。にもかかわらずメタサーフェスが併記されているのは,メタサーフェスがメタマテリアルの応用研究を活発化させた最大の功労者であり、最近では報告されるメタマテリアルの研究成果のほとんどがメタサーフェスで、メタサーフェスはメタマテリアル以上に有名になってしまったからである。

メタサーフェスについてはすでに多くの解説が出版され,前回の特集でも触れたので、詳細はそれらの文献に譲るが、メタサーフェスの起源は2011年にハーバード大学のCapasso グループがScience に発表した論文に遡る3)。メタサーフェスを一言で言うと、基板などの表面に平面状の微細構造を形成したメタマテリアルで、光に対する共振器として機能するように設計されたフラットな微細構造と光との相互作用を利用して、光の波面を制御するデバイスである。

実際、Capassoらが報告したメタサーフェスの厚みはわずか50 nm程度しかなく、光の波長と比較しても十分に薄い構造にもかかわらず、光波の伝播を制御できる技術として一挙に注目を浴びた。しかも、基板表面に2 次元パターンを加工するだけで良いということは、既存の半導体プロセスで培われた光リソグラフィやエッチング技術などの微細加工技術をそのまま流用できることを意味し、これがメタサーフェス研究の活発化を後押ししたことは間違いない。

このメタサーフェスの中で、実用化が最も活発に進められているのは「メタレンズ(metalens)」であろう。メタレンズはメタサーフェスを使ったレンズで、フラットで極薄のレンズの実現を目指すものである。欧米では既にいくつもベンチャー企業が立ち上がり、Capasso Metalenz 社を立ち上げている4)。我が国でも目立ったところでは、昨年キヤノンが展示会でメタレンズを公表しており、ニコン,浜松ホトニクスもメタレンズに関する研究成果を報告している。

メタレンズは昨年度の特集で取り上げたため、今回はいくつかの参考文献を挙げるだけに留める5 ~ 7。これらの文献のさらに参考文献を辿れば必要な情報は入手できるはずである。メタレンズ以外のメタサーフェスについて本特殊で取り上げるものの1 つが東京農工大学の岩見健太郎氏が解説するメタホログラムである。岩見氏のメタホログラムはメタサーフェスを利用したフルカラーホログラムで、光波の位相を制御するためのメタサーフェス技術という観点からは,メタレンズと同じカテゴリーに分類できるものであり、色消しメタレンズの発展形と捉えても良い。

3 メタサーフェスを用いた熱制御

晴れた冬の明け方の気温低下をもたらす放射冷却(radiation cooling)現象をメタマテリアルで人工的に起こすのが「スカイラジエータ」という技術である8 ~ 9。スカイラジエータの実態は、太陽光輻射のピーク波長である可視域の光を反射し、大気の窓と呼ばれる波長8 13 μmの赤外光を透過させる一種の光学フィルターである。このフィルターを物体と太陽との間に挿入すると、太陽光は反射されて物体を温めず、物体からの赤外線輻射は大気を通って宇宙に逃げるので、結果として物体は赤外輻射としてエネルギーを失うだけとなり温度が下がる。このようにメタマテリアルを用いた赤外光の制御技術は、光熱変換を通して熱制御とも密接に関連してくる。

スカイラジエーターは、国内外のベンチャー企業が製品の販売や実証実験を行っており、既に実用段階にある10 ~ 12。ただ残念な事に日本のように大気中に多くの水分を含む環境では、空気中の水分が赤外光を吸収して大気そのものの温度が高くなってしまい、その効果が半減してしまう。今年の夏は日本各地で最高気温が40℃近くになるほどの酷暑が続いているが、直射日光から逃れて日陰に入っても、空気そのものが暑くて全く涼しさを感じなかったり、自然に起こる放射冷却が乾燥した冬だけにしか顕著に表れないのも、すべて日本の大気中の水分量の問題である。

このスカイラジエータとは異なり、メタサーフェス製の光吸収体を熱電素子と接続し、発電を行いながら同時に物体を冷却する技術を東京農工大学の久保若奈氏に解説してもらう。物体の冷却技術は近年ますます重要になっている。例えばビットコインなどに代表される仮想通貨のマイニングや生成AIの発展によって大規模な計算機設備が構築されるようになり、そこで使われる半導体素子を効率良く冷却する技術に対する需要が高まっている。光エネルギーを熱に変えるのは簡単で単に光を吸収させるだけで良いが、冷却はそうはいかない。メタマテリアルの冷却技術への貢献という観点からも、久保氏の研究は近年注目されている技術である。

4 誘電体メタサーフェス

 冒頭で述べたように、研究の初期段階ではもっぱら貴金属が用いられていたメタマテリアルであるが、近年では誘電体を用いたメタマテリアルの研究も活発化している。誘電体材料を用いる最大のメリットは、吸収損失の低さである。貴金属を用いる場合はどうしても金属そのものの損失が残るので、トータルの損失をゼロにすることはできない。そのため、いくら注意深く共振器を設計・加工してもそのQ値は頭打ちになる。一方、誘電体を使えば物質の吸収損失を限りなくゼロに近づけることができるので、結果として極めてQ値の高い共振器を作ることができる。

大阪大学の髙原淳一氏には、この誘電体メタマテリアルについて、シリコンを用いたメタサーフェスと、その特性をグラフェンなどの2次元材料や光熱効果による温度変化を用いて動的に制御する技術について紹介してもらう。東京大学の種村拓夫氏には、光通信波長帯(波長1550 nm帯)で動作する誘電体メタサーフェスとして、小型ストークスベクトル受信器やマルチコアコヒーレント光受信器などの新しい光素子技術への応用例を紹介してもらう。さらに、東北大学の金森義明氏には、MEMS技術を利用した能動メタマテリアルをはじめとする応用デバイス技術を紹介してもらう。

5 トポロジカルメタマテリアルなど

応用技術の発展とともに新しい研究分野への展開も進んでいる。その一つがトポロジカルメタマテリアルである。トポロジーについて詳しく説明するスペースは無いので詳細は専門書に譲るが、簡単に言えば、トポロジーとは形を分類する学問で、新たに切ったり穴を開けたりしない連続的な変形のみでつながっている形同士を同じものと分類する。トポロジーを扱う物理における興味深い現象の一つは、トポロジカルエッジ状態であり、この状態が光デバイスに現れると光は物体のエッジや境界に沿ってのみ伝播し、そこに構造の欠陥や散乱体があってもその影響を受けずに伝播するようになる。このようなトポロジーを扱う光学がトポロジカルフォトニクスである13)。東京工業大学の森竹勇斗氏には、これに関連するトポロジカルメタマテリアルと呼ばれる新しい光技術について解説してもらう。

6 おわりに

メタマテリアルという学問分野が生まれて約四半世紀が経つ。草創期の話題は「負の屈折率」を持つ物質の実現で、これは旧ソビエトのVeselagoが発表した負の屈折率を持つ物質の平行平板がレンズとして機能するという論文に加えて、2000 年に英国のPendry がそのようなレンズは理論的に無限の空間分解能を持つPerfect lens として機能するという論文を発表したことに触発されたものであった14, 15)。その後、メタマテリアルによる光学迷彩の実現といった話題もメタマテリアルの研究の活性化に貢献はしたが、まだ「実用」とはやや距離のあるものであった。その後、メタサーフェスという加工が容易な構造と、メタレンズという具体的な応用技術を得て、メタマテリアルの実用化研究・開発が一挙に加速しはじめた。我が国でも欧米と比較して数年遅れで実用化が盛んになっているようだが、最近の最先端技術においては数年の出遅れが致命傷になることも珍しくはない。今こそ産学両方から集中的に資金とマンパワーを投入し、世界に追いつき追い越す事が急務である。

参考文献

1) 田中拓男,“光メタマテリアル入門”,丸善出版(2016).
2) 田中拓男,“総論-メタマテリアル/メタサーフェスとその応用への期待”,オプトロニクス 42, 60-62 (2023).
3) N. Yu, P. Genevet, M. Kats, F. Aieta, J. Tetienne, F. Capasso, Z.Gaburro, Science 334, 333-337 (2011).
4) https://metalenz.com
5) Y. Luo, C. H. Chu, S. Vyas, H. Y. Kuo, Y. H. Chia, M. K. Chen, X.Shi, T. Tanaka, H. Misawa, Y.-Y. Huang, and D. P. Tsai, Nano Lett. 21,5133-5142 (2021).
6) M. Chen, C. Chu, X. Liu, J. Zhang, L. Sun, J. Yao, Y. Fan, Y. Liang, T.Yamaguchi, T. Tanaka, and D. Tsai, IEEE Access 10, 46552-46557(2022).
7) J.-S. Park, S. Wei D. Lim, A. Amirzhan, H. Kang, K. Karrfalt, D. Kim,J. Leger, A. Urbas, M. Ossiander, Z. Li, and F. Capasso, ACS Nano,18, 3187-3198 (2024).
8) ロゲルギスト,「第四 物理の散歩道」,“青空にあいている孔”,岩波出版.
9) Y. Zhai, Y. Ma, S. David, D. Zhao, R. Lou, G. Tan, R. Yang, X. Yin,Science 355, 1062 (2017).
10) https://www.radi-cool.jp
11) https://spacecool.jp
12) https://www.skycoolsystems.com

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