月刊OPTRONICS 特集序文公開

総論 大容量時代の光通信技術~空間・波長領域におけるニューパラレリズムの進展~

1. はじめに

光ファイバ通信は,継続的な革新技術により急速に大容量化が進展し,直近約40 年間でファイバ当たりの通信容量は数10 Mb/sから数10 Tb/sまで約106倍に拡大された。現在,光通信システムは,企業ネットワーク,モバイル通信基地間リンク並びにデータセンタ間光リンク等に広く導入されており,DX(Digital transformation),GX(Green transformation)並びに急速に進展している生成AI 技術によるディジタル社会の大きな変革を支える大容量通信基盤としてその重要性が増している。また,災害時にも,光やモバイル通信に代表されるICTが生活や産業などの社会全般に不可欠な社会インフラであることが再認識されている。

本稿では,継続的に大容量化が図られてきた光通信システムについて,更なる大容量化のために研究開発が進展している空間および波長軸でのパラレリズムの展望を述べる。

2. 光通信技術の進展

これまでの光通信システムの40 年間の大容量化は,シャノン・ハートレーの定理から導かれる下記の最大通信容量の理論式のS/Nと帯域幅Bを増加させながら進展してきた。

図1 通常の腹腔鏡で視認困難な例
図1 陸上・海底基幹光通信システムの進展

(C〔b/s〕:容量,B〔Hz〕:帯域幅,S/Nは信号対雑音比) (1)

(C〔b/s〕:容量,B〔Hz〕:帯域幅,S/Nは信号対雑音比)

図1 に国内基幹光伝送システムと太平洋横断光海底ケーブルの進展を示す。図の右側縦軸に示すように,光通信システムの大容量化は,まず,(i)光信号パワーを上げてS/Nを拡大し伝送レートを高速化する時分割多重(TDM:Time Division Multiplexing)によりシンボルレートの高速化が図られた。これにより黎明期の単一波長システムでは容量が約100倍まで拡大された。 続いて,EDFA(Er-Doped Fiber Amplifier)の出現により光通信システムは発展期を迎え(ii)波長分割多重(WDM:Wavelength Division Multiplexing)による並列多重化が可能となり,帯域幅Bを拡大し100 ~ 200 倍の大容量化が一気に進展した。続く成熟期のディジタル・コヒーレント方式では,(iii)偏波多重と直交振幅変調(QAM:Quadrature Amplitude Modulation)による多値化により周波数利用効率が向上し一定帯域幅での大容量化が可能とり,伝送容量は10 ~ 20 倍に拡大された。

一方,光ファイバへの入力パワーは,光ファイバの非線形光学効果による特性劣化により制限されるため,シンボルレートの高速化や高多値化によるS/Nの拡大には物理的限界あることが指摘されており,非線形シャノンリミットと呼ばれている。現在,光ファイバあたりの容量は,陸上基幹システム及び海底ケーブルシステムともに,約20 Tb/s で飽和傾向にあり,既に非線形シャノンリミットに近づきつつある。

図2 NIR-HSIによる組織深部に存在する胃がんの可視化検討
表1 光通信システムにおける波長帯(ITU-T)
図2 NIR-HSIによる組織深部に存在する胃がんの可視化検討
図2 マルチバンド化並びに空間多重化技術

3. 空間・波長軸での並列化による持続的大容量化

現在,通信トラヒックは年率約40%で継続的に増加している。今後Beyond 5G/6G時代を迎えると,モバイル通信トラヒックは格段に増加するため,2030年代には現在の数10倍になると予想され,基幹光通信システムでは,伝送容量を1 Pb/s 近くまで大容量化する必要があると考えられる。 非線形シャノンリミットを超えて,1本の光ファイバの伝送容量を飛躍的に拡大するには,その容量が対数的に増加するS/N拡大に対して,線形的に容量増加が可能な帯域幅B 拡大や空間多重(SDM:SpaceDivision Multiplexing)方式による並列化が有効である。表1 に,ITUで規定されている光通信システムの波長バンドを示す。短波長の1260 nm帯のOバンドから長波長の1675 nm帯のUバンドまでの415 nm(約60 THz)でバンドが規定されている。現在多くの陸上並びに海底の基幹系光通信システムでは,EDFAが利用可能で光ファイバの損失が最小となるCバンドが主に使用されており,システムによってLバンドあるいはC+Lバンドが使用されている。図2 に帯域の拡大及び空間多重数の拡大による光通信システムの大容量化トレンドを示す。波長バンド幅は,現行のCバンドに加えて,OバンドからUバンドまでの6 バンドまでの拡張可能性がある。空間多重に関しては,2 ~ 4 コアの標準クラッド径の非結合MCFから結合コアMCFの導入により空間多重数は拡大可能で,更に,クラッド系拡大MCFやマルチモード・マルチコアファイバにより10 倍以上の容量拡大の可能性がある。次節ではマルチコアファイバ(MCF)やマルチモードファイバ(MMF)を用いるSDM並びにS,Uバンド等を活用するマルチバンド化の動向を述べる。

3.1 SDM 伝送技術

SDM伝送技術は新たな並列化による大容量化手段としてEXAT研究会創設とともにわが国がイニシアティブをとり本格的検討が開始した。これまで,10 km程度の短距離システムでは100 以上の空間多重数を実現可能なマルチモード・マルチコアを用いた10 ~20 Pb/s 伝送,長距離伝送では32 コアファイバを用いる1 Pb/s-205.6 km伝送, 更に, 大洋横断伝送では0.52 Pb/s-8820 km伝送が実証されており,SDMによる飛躍的な大容量化の可能性が実証されている。現在は,実用化を目指して,既存の1 コア光ファイバと外形が同一の125 μmの標準クラッド光ファイバを用いたマルチコアファイバの開発や標準化が進められている。

空間多重伝送では,離接コア間のクロストークが新たな特性劣化要因となるため,非結合MCFではクロストークを抑制するためトレンチ構造の屈折率分布を有する光ファイバが検討されている。より製造が容易なトレンチ構造を有しない光ファイバでは,双方向光伝送によるクロストーク抑制が有効であり,送受信機や中継器構成の新たな検討が進められている。空間多重技術の実用システムへの適用については,スペース制限が大きい海底ケーブルシステムが先行している。ファイバ容量は2020年代に入り飽和しているが,以降もファイバ心線数を増やしてケーブル総容量を増加させている。1995 年から現在までに心線数は10 倍まで拡大されており,単一コア光ファイバを束ねた空間多重技術はSDM1.0 と呼ばれている。しかしながら,外形2cm以下の海底ケーブでは,ケーブルへ収容可能な心線数は最大50 心(25FP:ファイバペア)程度に制限されるため,空間利用効率の高いMCFによるSDM2.0の研究開発が世界中で進められている。

SDM2.0 による大洋横断伝送の可能性は,2012 年に初めて7 コアファイバと7 コアEDFAを用いる伝送実験にて報告され,翌年にファイバ容量140 Tb/s 以上で容量・距離積1 エクサb/s・kmを超える光海底ケーブルの可能性が実証された。現在は,標準クラッド径の4 コアファイバの研究開発や標準化が精力的に進められ,光海底ケーブルでのSDM2.0 の早期実用化を目指した総務省受託プロジェクト(OCEANS)において,1.7 cm径の光海底ケーブル(4 コアファイバを含む16FP)の試作や62.9Tb/s-9150 kmの太平洋横断伝送試験が実施された。2025 年に商用予定の太平洋横断海底ケーブルTPUにおいては,OCEANSの成果の一部として,MCFの最初の商用システムとして台湾‐海中分岐‐フィリピン間の約840 kmの区間に2 コアファイバの導入が計画されている。更なる大容量化のためには,海底ケーブルシステム固有の供給電力制限を考慮しEDFAの励起光源の駆動方式を改良し電力効率を向上することにより,4 コアファイバで大西洋横断でケーブルあたり約2.4 Pb/s,太平洋横断で約1.3 Pb/sの容量拡大が見込まれる。

陸上,海底ともに当面のMCFのコア数は2 ~ 4 程度と想定されるが,将来的には,空間密度が高くコア数の拡大が可能なランダム結合型MCFあるいはマルチモード・マルチコアファイバの導入により空間多重数をさらに増加することが期待される。

3.2 マルチバンド伝送技術

既存のC, L 以外のバンド伝送では,EDFAに替わる光増幅器が必要となる。これまで,EDFA以外の光増幅器として, 広帯域半導体増幅器(SOA:SemiconductorOptical Amplifier)や集中/ 分布ラマン増幅器,並びにバンドに応じてプラセオジウム(Oバンド),ツリウム(Sバンド)やビスマス(O, E バンド)等をドープしたファイバ増幅器が検討され,メトロ領域やデータセンタ間を対象とした比較的短距離のマルチバンドシステムの研究開発が積極的に進められている。S,C,Lバンドの3 バンドについては,SOAおよびラマン増幅による100 ~300 km伝送実験が報告されており,更にEバンドを加えた4 バンドでの321 Tb/s-200 kmの伝送実験が報告されている。文献(B. J. Puttnam, et. al, “321 Tb/s E/S/C/L-band Transmission withE-band Bismuth-Doped Fiber Amplifier and Optical Processor”, IEEEJournal of Lightwave Technol., 2024) では,Eバンド増幅器としてBDFA(Bismuth Doped Fiber Amplifier),Sバンド増幅器としてTDFA(Thulium Doped-Fiber Amplifier)を使用し伝送距離を延伸している。更に,敷設ファイバ45 kmを用いるO, S, C, L及びUバンドの5 バンド伝送実験が報告されている。文献(D. Soma et. al., “25-THz O+S+C+L+U-Band Digital CoherentDWDM Transmission Using a Deployed Fibre-Optic Cable,”ECOC2023, Th.C.2.2, 2023) では,OバンドにはBDFA,Uバンドには集中ラマン増幅器を使用し,既存システムをCバンド帯域の5 倍以上の25.5 THz に広帯域化が可能であることが実証されている。

4. おわりに

本稿では,次世代光通信システムの大容量化技術として,空間多重並びにマルチバンドによる並列多重化に関する研究開発動向を紹介した。今後も光通信システムが通信インフラとして社会的な役割を果たすには,本稿で述べた大容量化技術に加えて,世界的な喫緊の課題である省電力化が求められるため,今後,大容量化に伴う電力の増加を抑制する省電力光増幅技術や送受信技術の研究開発が益々重要となる。

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