OIST,氷中の陽子の振る舞いを解明

沖縄科学技術大学院大学(OIST)は,ある2つの実験に基づいた詳細な理論を打ち立て,氷中の陽子の振る舞いを明らかにした(ニュースリリース)。

煙から硬い岩まで,物質の形態を決定する原子の集団の行動と選択の決定プロセスについて,単一の量子的な粒子の振る舞いについては,その全容がほぼ明らかになっている。しかし,量子的な粒子が集団で行動した場合には,氷のような単純な物質でさえも殆ど知られていない。

水分子は,酸素イオンと2つの陽子(水素原子)が,原子同士で互いの電子を共有することで生じる非常に強い共有結合によって形成される。氷の中では,これら水分子が結合強度の弱い水素結合で結び付いており,各酸素原子は隣接する陽子と2つの短い共有結合と2つの長い水素結合を形成している。

水によってできた氷の原子配列は独特で,酸素原子はハチの巣に似た六角形の結晶を形成している。一方,水素原子を作る陽子のほうには,一定の周期的な配列は見られない。その代わり,陽子の配列は「アイスルール」と呼ばれる規則に従っている。

アイスルールでは,各結合には陽子がただ1つ含まれており,各酸素イオンには陽子が2つずつ隣合わせに結合している。しかし,たとえ小さな氷片であっても,アイスルールを満たす陽子の配列の仕方は実質上無限大といえるほどにある。

それでは氷中の陽子の配列は秩序立っているのかどうか,イギリスで行なわれた凍結した重水(D20)の結晶で中性子を散乱させる実験結果に対して理論的説明を与えることで,OISTの研究チームは,この基本的な質問に対する答えを導いた。

一般に結晶中の規則正しく整列した原子で中性子が散乱すると,ある規則的なパターンの光点を示す。一方,完全に無秩序状態の原子から散乱した中性子の散乱パターンには特に目立った特徴は見られない。しかし氷中の陽子には,このどちらのパターンも当てはまらず,蝶ネクタイあるいはアルファベット文字の「M」の形をした散乱パターンが見られた。

この散乱パターンは「ピンチポイント」と呼ばれている。ピンチポイント散乱パターンでは陽子が完全な無秩序状態を示していない。局所的には規則正しく整列しているが,全体的には乱雑な状態にある。これは自然界においては極めて珍しいパターンで,氷やスピン・アイスと呼ばれる一種の磁性体,そして陽子結合を持つ強誘電体の物質の中だけに見ることができる。

ピンチポイントは,陽子の状態が,重力や電磁気力といった自然界における基本的な力すべての一般的な法則を表すゲージ理論を基に数学的に説明できる可能性を示唆しているという。

研究チームは量子物理的観点からも氷の分析を行なった。量子物理の世界では,陽子が一つの場所から別の場所へ飛び移ることができてしまう「トンネル効果」と呼ばれる現象がある。これを氷中の粒子の動きで見てみると,酸素の位置は安定した秩序配列である一方,陽子の振る舞いは流動的であることが分かる。マイナス268℃に近い超低温度でも陽子は乱雑で流動的な挙動を示す。

OISTの研究チームは量子力学的なゲージ理論を用いて,イギリスで実施された別の実験の結果に対しても理論的説明を行なった。この実験では,中性子ビームが氷中を透過する際に氷に吸収されるエネルギーを測定した。ガラスに向かって歌うと,ガラスが振動するように,氷の中の陽子で中性子が散乱するときも同じ現象が起こる。

しかしこの場合,無秩序な陽子の集団的な「振動」は特殊な形態をとる。光を構成する「光子」と全く同じように振舞う。ただし氷の光子は,電場や磁場が振動して伝播していく電磁波の一種ではなく,集団的に運動する陽子で構成されている。しかし,氷の中の陽子の集団運動を説明する数式は,光の動きを説明する数式と全く同じもので,氷の中では光と陽子の動きはとてもよく似ているといしている。

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