東大ら,単一光子源で120kmの量子暗号鍵伝送

東京大学と富士通研究所,日本電気(NEC)は共同で,単一光子源を組み込んだシステムで世界最長となる,120kmの量子暗号鍵伝送に成功した(ニュースリリース)。

量子暗号では,光子を1個ずつ規則正しく生成する単一光子源が必要になるが,これまでの多くの量子暗号システムは,レーザー光を弱めた減衰レーザー光による擬似的な単一光子源が用いられていた。

この場合,2個以上の光子が1つのパルスに含まれる複数光子が高確率で発生するため,盗聴者が複数光子の一部から鍵情報を盗み取る危険性を排除できない。この対策として,盗聴検知用に数種の微弱光信号からなるおとり信号を人為的に混入する手法が広く用いられているが,装置構成や鍵抽出プロセスが複雑になり,セキュリティに細心の注意が必要となるといった課題がある。

仮に厳密な単一光子源を量子暗号システムに組み込むことができれば,1パルスあたり1個の光子しか発生しないため,本来の簡易な構成で量子力学によって証明可能な高い安全性が得られる。

しかしながら,量子ドット単一光子源を組み込んだ従来の量子暗号システムでは,単一光子の発生段階で余計な光子が混じることにより生じる単一光子源の高い複数光子発生率と,半導体検出器で光子を検出する際の高い雑音という二つの影響を受け,長距離伝送に有利な1.5μm波長帯においても安全鍵伝送可能距離は50kmにとどまっていた。

このため単一光子源を用いた実用距離の量子暗号鍵伝送システムを実現するには,光源側とシステム側双方の性能を改善することが課題となっていた。

今回,研究グループは,伝送距離を制限する主要因の一つである複数光子の発生率を100万分の1にまで抑えた高純度の1.5μm量子ドット単一光子源と,極めて低ノイズの超伝導単一光子検出器を用い単一光子源に最適化した光ファイバー量子暗号鍵伝送システムを新たに開発し,単一光子源を組み込んだシステムで世界最長(従来比2倍)となる120kmの安全鍵伝送を実証した。

この成功は,主として下記の2つの技術開発に基づくもの。

①高純度1.5μm帯単一光子源の開発
1.5μm帯単一光子は,光学的ホーン構造と呼ばれる微細構造の中に配置された量子ドットに対し,特定のエネルギー準位に適合した波長の励起光パルスを照射することで生成される。

励起光パルスの照射時間が長いと1回の照射で2個以上の光子が放出されやすくなるが,今回,パルス幅の広がりを抑える分散補償の技術により照射する光パルスの時間幅を圧縮して短パルス化することで,複数光子の同時発生率が1パルス当たり100万分の1にまで抑制された,世界最高水準の性能を有する高純度単一光子源の実現に成功した。

②超伝導単一光子検出器を用い単一光子源に最適化した量子暗号システムの開発
量子暗号の試験ネットワークで稼働中のシステムで使用実績のある,平面光回路をプラットホームとした通信波長帯単一光子源に最適化した低損失な干渉系を用い,現実の光ファイバー網に存在する温度変動や張力変動などに左右されない実用レベルの単一光子量子暗号鍵伝送システムを構築した。これに加え,今回新たに極めて低ノイズの超伝導単一光子検出器を用いることにより,長距離量子暗号鍵伝送システムを実現した。

研究グループでは,今回の成果をもとに,今後は単一光子源を含めたシステムの小型化および高速化を進め,2020年以降に主要都市圏をカバーする盗聴不可能な高セキュア通信の実現を目指すとしている。

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