東京大学と大阪大学の研究グループは,高感度な原子間力顕微鏡を用いることで,室温でも固体表面に吸着した有機分子の形を視化できることを示した(ニュースリリース)。
原子間力顕微鏡(AFM)は,鋭い針を観察対象に近づけて,針先端の原子と表面の原子との間に働く相互作用力を測定することで,表面を観察する顕微鏡。AFMでは,針に取り付けられた板バネのたわみを検出することによって,相互作用力を測定する。
光学顕微鏡が,光を使って対象を視るのに対して,AFMでは鋭い針で触って‘視る’ため,空間分解能が極めて高い。2009年には,AFMを用いて表面に吸着した単一有機分子内の結合手(分子の形)を,直接描き出すことができることが報告された。
その後,この技術を使い,天然の有機分子の同定,分子内の電荷密度の可視化,結合次数の同定,化学反応後の分子の同定などの研究が立て続けに報告された。しかし,極低温にすることによって熱ゆらぎを抑えた高感度測定が可能になるため,これらの研究は全て-268℃という極低温環境下で行なわざるを得なかった。
研究グループは,室温でもAFMによる観察ができるようにすることを目指した。これまでの研究では,相互作用力を検出するための板バネのたわみを電気的に測定していたが,研究では,レーザでたわみを測定することにより,より高感度に相互作用力を測定することが可能になった。
その結果,単一有機分子内の化学結合手に対して,室温での観察を世界で初めて実現した。実験には,シリコン表面に吸着したPTCDA分子を用いた。
これをAFMで観察したところ,5つのベンゼン環の炭素原子同士を結ぶ結合手が可視化された。シリコン表面に吸着したPTCDA分子の電荷密度の理論計算の結果からも,実験で得られた画像は理論的にも妥当なものであることがわかった。
今回初めて室温で有機分子の超高分解能観察が可能になったことで,極低温に冷却することなく,より簡便に分子の同定などが行なえるようになった。また,室温環境で起こる化学反応をその場で観察する道が切り拓かれた。
例えば,触媒表面での化学反応をその場で観察することが可能になる。触媒反応は特定の場所で進行することが知られているので,どの分子がどこでどのように反応するのかを追跡できる。これにより,触媒反応の理解が飛躍的に進むため,よりよい触媒材料の開発につながることが期待されるとしている。
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