国立情報学研究所とロシア科学アカデミーの研究チームは,可視可能な大きさの物体をテレポートする新たな方法を開発した(ニュースリリース)。
テレポーテーションとは,ある物体(より正確にいうと物体の量子状態)を,情報を送信せず,1つの場所から別の場所に送る方法。テレポーテーションを証明する初の実験は1997年,光を構成する粒子である光子を使って行なわれた。さらには,原子間のテレポーテーションも実施されている。
一方,原子や光子よりも大きな物体のテレポーテーション,例えばSF番組のように,人間ほどの大きさの物体をテレポーテーションすることは,実質上不可能と考えられている。その理由は,量子力学が微小世界をつかさどり,大きな物体では量子現象は観測しづらい傾向があるため。
テレポーテーションは「エンタングルメント(もつれ)」という量子力学的現象に大きく依存するが,大きな物体については,エンタングルメントはほぼできた瞬間に消えるため,テレポーテーション等を実施するのは不可能になる。
今回,研究チームは,巨視的物体においても存在する新たな「もつれ状態」を見つけることにより,これを克服する方法を開発した。この方法は,1995年に実験的に実現されたボース・アインシュタイン凝縮体という新たな物質状態を利用するもので,このもつれ状態を使って,何千以上という原子のテレポーテーションが可能であることを証明した。
原子は絶対零度を超える数十億分の1度に冷却され,単一量子状態を形成する。巨視的物体を用いたテレポーテーションに関する研究もいままでに存在するが,今回の発見においてテレポートされている量子状態の種類は異なる。以前の実験で使用されている量子状態は総自由度のほんのわずかな一部分を使用するだけである一方,今回の発見では,全体の状態がテレポートされていることが証明された。コンパス針のテレポーテーションで類推すると,以前の手法では,コンパス針の微弱な振動がテレポートされたが,今回はコンパスの方向自体がテレポートされている。
この研究は巨視的物体のテレポーテーションに関する前進である一方,今後の課題もある。この方法でテレポートできる状態は以前よりも大きくなっているが,人間のような物体に対しては量子状態がはるかに複雑であり,同じ方法を適用することはまだ困難だと考えられる。
しかし,さらなる研究によりこの手法を使って,より複雑な状態がテレポート可能になることが期待できる。さらに,今回の結果は,通常扱われる単一原子または光子ではなく,巨視的物体を使った量子プロセッサの開発に使える可能性があり,量子コンピュータ実現に向けて道を拓くものだとしている。