生理学研究所所(生理研)は,麻痺した四肢の体性感覚を再建するために,手指の位置・運動情報から末梢神経群の活動パターンに変換するアルゴリズムの確立を目的とした研究において,サルから末梢神経の神経活動の記録と経発火モデルの推定に成功した(ニュースリリース)。
脊髄損傷や脳梗塞の患者の生活の質を高める医療技術として,脳活動から直接義手などの機器外部を操作するブレイン・マシーン・インターフェイス(BMI)の研究が進み,患者が実際にBMIを用いて義手を動かすことができる時代になってきた。
一方で,脊髄損傷や脳梗塞の患者の多くは,四肢の運動麻痺だけでなく,体性感覚(身体の位置や何を触ったか)麻痺を併発することがしばしばみられ,動かした義手の体性感覚を患者の脳に直接戻すことは次の課題となっている。
外部機器を動かすBMI研究の歴史的な経緯として,大脳皮質運動野の活動を手指の位置・運動情報に変換するアルゴリズムが発表され,大きく研究が進んできた。そこで今回研究グループは,手や腕に受容野をもつ末梢神経の活動を記録するために,2頭のサルの頚髄6番目から8番目の後根神経節(DRG)に剣山電極を埋め込んだ。
サルが上肢の到達把持運動を行なっているときの複数の末梢神経の活動を同時記録したところ,2頭のサルから,それぞれ16,13個の末梢神経の神経活動を記録することに成功した。さらに,末梢神経群活動記録と同時に,上肢の運動軌跡も記録した。
はじめに,スパース線形回帰分析を用いて,複数の末梢神経群活動から上肢の運動軌跡を推定することに成功した。このことは,末梢神経が自発運動における上肢の運動情報を正確にコードしている事を示唆している。
次に,スパース線形回帰分析と神経発火モデル(integrate and fire model)を用いて,上肢の運動情報から末梢神経の発火頻度を推定し,そこからさらに発火パターンを高精度に推定することにも成功した。
今回作製した運動情報から神経活動パターンを推定する変換アルゴリズムは,体性感覚代替する為のインターフェースをデザインするにあたって有用。将来的には,このアルゴリズムを使って導き出された活動パターンで末梢神経の活動を誘発することで,人工的な体性感覚を引き起こせ,脳梗塞や脊髄損傷患者に対して,失った体性感覚機能(身体の触覚や位置)を再獲得できる可能性がある。