月刊OPTRONICS 特集序文公開

サブハーフサイクル中赤外パルスを用いたケミカルイメージング

1.はじめに

ケミカルイメージングは,赤外吸収分光法とイメージング技術を組み合わせて,画像のピクセルごとに化学成分を特徴づけて特定するマッピング手法である。赤外吸収分光法では,物質に赤外光を照射し,その物質が吸収する赤外光の波長を測定する。物質は特定の波長の赤外光を吸収するため,その吸収スペクトルを解析することで,物質の分子構造や化学組成を特定することができる。

図1に示すように,赤外吸収分光法によって得られた1 つの波長スペクトル次元に加え,2 つの空間次元から構成する三次元のデータキューブは,中赤外ハイパースペクトルイメージングまたは中赤外分光イメージングとも呼ばれる。この技術は従来のバルク分析とは異なり,対象サンプルの材料特性,構造,および化学成分に関する分布情報を取得することができる。そのため,中赤外分光イメージングは様々な分野で威力を発揮している。

従来,ケミカルイメージングを取得するには,サンプルから透過あるいは反射してきた赤外光を検出する必要がある。可視または近赤外領域のハイパースペクトルイメージングにはシリコンベースの検出器が用いられるが,シリコンのバンドギャップ(約1.11 eV)を越える光エネルギーがないと電流は流れないため,検出可能な波長は約1100 nm程度までと制限されている。そのため,中赤外光を検出するには,バンドギャップを中赤外領域に調整できるMCT(水銀・カドミウム・テルル)が用いられることが多い。

中赤外ハイパースペクトルイメージングを取得するには,サンプル全体にわたって1 点ずつ赤外吸収スペクトルを取得し,三次元のデータキューブを生成する方法があるが,この方法でサンプルの全領域を分析するには非常に時間がかかる。一方,最新の64×64 の面アレイ検出器を用いた場合,計測速度は1点ずつより約4096倍に向上できるが,一般的に,対象の大きさによって,一つの三次元のデータキューブを取得するには数時間から数日かかる場合がある。また,よく用いられるHgCdTe やInSbなどの中赤外検出器の材料では,シリコンに比べ,比検出能が数桁低く,熱的雑音が大きいため,液体窒素で冷却する必要がある。そのため,中赤外検出器のピクセル数や比検出能の制限によって,高性能な中赤外ハイパースペクトルイメージングの実現が困難であった。

本稿で紹介する中赤外パルスを用いたケミカルイメージング技術では,サブハーフサイクルの超短パルスを用い,中赤外光のスペクトル情報を保ったまま可視領域への波長変換を行う。このことにより,可視帯域で使用可能なシリコンベースの検出器で中赤外光を検出することができ,高性能の中赤外ハイパースペクトルイメージングを実現した1)。その結果,空間分解能は15μm,640×480 ピクセルの位置情報に加え,640 ~ 3015 cm–1 において1069 点に分割した波長で構成されたデータキューブを8秒で取得できた。また,25行ごとにスキップして大まかなスクリーニングを行う場合,撮影速度は0.32秒に達する。図2 はその一例を示す。それに加え,結像系のレンズを変えるだけで,観察可能な視野を最大12 mm×9 mmまで広げることが可能になる。これは,前述の従来技術で使用される焦点面アレイ検出器での計測時間よりもはるかに速い。さらに,640 ~3015 cm–1 の波数範囲内でバンド幅50 cm–1 の任意の帯域に固定して離散周波数イメージングを取得する場合,画素数1280×800 で一秒間に5000 枚のフレームレートで計測することができる。この計測速度は,既存技術より3 桁も向上した。

本稿では,高性能の中赤外ハイパースペクトルイメージングを実現するための要素である1)結像面における波長変換,2)波長変換に適する非線形媒質,3)チャープパルスを用いた波長変換について解説し,最後に計測例を紹介する。

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