九州大学の研究グループは,二種類の異なる有機分子間で形成されるエキサイプレックス型励起子(エキシトン)において,二分子間実空間距離ナノメートルオーダーで精密な調整をすることにより,励起子エネルギーや励起子寿命などの励起状態物性を精密に制御することに成功した(ニュースリリース)。
正孔(ホール)と電子(エレクトロン)が有機分子上で束縛されることで生成される励起子(エキシトン)の失活・拡散・輸送過程は,有機薄膜太陽電池や有機エレクトロルミネッセンス(OLED)素子などの有機半導体デバイスの動作原理の中核をなす物理現象であり,有機半導体デバイスの特性を飛躍的に向上させるためにも必要不可欠な研究対象となっている。
特に,有機分子自体の励起子エネルギーを外的因子により自在に制御することができれば,従来の電荷によるスイッチングではなく,励起子によるスイッチング素子など,これまでの有機半導体デバイスの概念を脱却する新奇な学術領域を創成することができると考えられる。
例えば,OLED素子は,有機分子の励起子が基底状態へと遷移する際に放出するエネルギーを発光として取り出す。しかし,一般的に有機分子上で生成される励起子は,電子‐正孔が強く束縛された状態であるフレンケル型励起子であり,その励起子束縛エネルギーは~0.5eV程度と大きく,同一分子での励起子エネルギーを自由自在に制御することは極めて難しい。そのためRGB発光を実現するには,それぞれの色に発光する有機分子,すなわち励起子エネルギーの異なる有機分子を用いる必要がある。
研究グループは,電子供与性(ドナー)分子からなる有機薄膜(ドナー層:D)と電子受容性(アクセプター)分子からなる有機薄膜(アクセプター層:A)の間に,これらの有機分子の励起エネルギーよりも高い励起エネルギーを持つ分子からなる薄膜層(スペーサー層:S)を挿入することで,同一分子系からなるエキサイプレックスの励起子エネルギー,励起子寿命および一重項‐三重項励起エネルギー差をスペーサー層の膜厚により任意に制御可能であることを見いだした。
ドナー分子として4,4’,4’’-tris(N-3-methylphenyl-N-phenylamino)triphenylamine(m-MTDATA),アクセプター分子として2,4,6-tris(biphenyl-3-yl)-1,3,5-triazine(T2T),スペーサー分子として3,3-di(9H-carbazol-9-yl)biphenyl(mCBP)を用い,これらの分子を真空蒸着法注4)により数十ナノメートルオーダーの膜厚で積層させた薄膜について励起子散逸過程の解析を行なった。
S層の膜厚の増加に従い,エキサイプレックスからの発光スペクトルが短波長シフトすること,すなわち励起子エネルギーの増加が観測された。数ナノメートル以上の離れた距離においてもD-A間において分子間相互作用が存在し,その励起子エネルギーをスペーサー層(S)の膜厚(D-A分子間距離)により制御可能であることを明確に示す結果であり,分子間励起子に関する新しい側面を切り拓くもの。
また,EL発光効率は中間層の膜厚増加とともに向上し,5㎚のS層を持つD-S-A層をOLEDの発光層として用いたところ,S層のない場合と比較し,8倍以上の高いEL発光効率を得ることにも成功した。これは,D-A分子間距離を制御することより,エキサイプレックス型励起子の熱活性化遅延蛍光(TADF)特性が向上した結果だという。
有機半導体性分子の励起状態を外部因子により自在に制御することができれば,従来の電荷制御による有機半導体デバイスの新たな機能発現に加え,励起子制御に基づいた新たな概念のデバイスを創出できるものと期待される。今後,さらなる材料開発・物理解明を通して,新たな分子エキシトン工学の確立を目指すとしている。
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