東北大学の研究グループは,ありふれた金属である鉄とタングステンを接合することによって,その界面に相対論的電子(ディラック電子)を発生させ,さらにディラック電子に巨大な質量を与えることに成功した(ニュースリリース)。
電子は普通の物質の中では,有限の質量をもった粒子として物質内を動き回る。ところが最近,物質中においてあたかも質量がゼロの粒子のように振る舞う「ディラック電子」が発見され,注目を集めている。
そのような電子は,真空中で光速に近い速度で運動する粒子(例えば,素粒子ニュートリノ)と同じような性質を示すことから,物質中の相対論的電子と呼ばれている。次世代電子デバイス材料として大きな注目を集めているグラフェンやトポロジカル絶縁体は,相対論的なディラック電子を持つ物質として知られている。
ディラック電子は,物質中でディラック錐と呼ばれる電子の状態を形成している。ディラック電子は物質中の普通の電子よりも格段に動きやすい上に,不純物に邪魔されにくいという性質を持ち,さらに電流などによってスピンの向きも制御できる。
その優れた性質を利用して,次世代デバイス実現へ向けた研究が,現在世界中で急ピッチに進められている。これまで,グラフェンやトポロジカル絶縁体デバイスの多くでその機能を利用するには,このディラック電子に意図的に質量を持たせてその運動を制御する事が重要とされてきた。
またこれが実現されると,グラフェンの半導体デバイスへの応用,トポロジカル絶縁体における分数量子ホール効果や磁気単極子などといった様々な応用・特異量子現象が実現される可能性も指摘されている。
しかしながら現段階では,ディラック電子は極めて限られた物質でしか観測されておらず,その制御も困難なため,新しいディラック電子系の探索とその質量制御が急務とされてきた。
今回,研究グループは,分子エピタキシー法によって,タングステンの表面にわずか数原子層の鉄超薄膜を成長し,外部光電効果を利用した角度分解光電子分光という手法を用いて,鉄とタングステンの界面から電子を直接引き出して,そのエネルギー状態を高精度で調べた。
実験の結果,鉄超薄膜を接合する前は質量がゼロだった結晶表面のディラック電子が, 鉄超薄膜を接合することによって質量を獲得していることを初めて明らかにした。また,その質量の大きさは,トポロジカル絶縁体にくらべて遥かに(数倍程度)大きいことがわかった。
さらに,鉄超薄膜の磁化の向き(表面に垂直または平行)を制御することで,質量獲得の有無の切り替えができることを発見した。この成果は,ディラック電子を利用した室温動作次世代スピントロニクスデバイス開発に大きく貢献するもの。
今回の研究は,ディラック物質に強磁性体を接合するという比較的簡便な方法で,従来よりも遥かに大きい質量をディラック電子に付与できることを実験的に示したもの。これによって,ディラック電子の状態を自由自在に制御できる新しい方法が示されたという。
この成果を,新物質の設計や電子スピン状態の制御に利用することで,新しいディラック電子系物質の開発が進み,次世代の省エネ技術である革新的なスピントロニクス デバイスや,超高速処理を行う量子コンピューターの実現の可能性がさらに進むとしている。
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