東京大学らのグループは,希土類と遷移金属のハイブリッド型磁性体である高純度なパイロクロア化合物Nd2Ir2O7の単結晶を育成し,磁場で誘起される金属−絶縁体転移を観測することに成功した(ニュースリリース)。
超高密度メモリや磁気センサーなどの実現に向け,さまざまな新規化合物の探索がすすめられている。小さな磁場で物質の抵抗値を制御できる金属−絶縁体転移を示す化合物は,特に産業的な応用性が高いため,広く研究がすすめられている。
電気が流れない絶縁体状態では,物質は電気伝導を起こす電子の生成を阻害するエネルギーギャップを持っている。金属−絶縁体転移を示す化合物においても,絶縁体状態ではこのエネルギーギャップを持つ。このギャップが大きいと,抵抗値の高い良質な絶縁体状態を広い温度範囲で得ることができるため,大きなエネルギーギャップを示す化合物の探索が必須だった。
しかしながら,大きなエネルギーギャップは磁場などの外部刺激に強く,磁場による制御は困難になるということが知られている。このため,実用上利用できる10テスラ(=10万ガウス)程度の外部磁場下では,金属−絶縁体転移を磁場制御することは非常に難しいと考えられていた。
今回合成したNd2Ir2O7はゼロ磁場下では27Kという高温領域に金属-絶縁体転移を示しており,この転移で開くエネルギーギャップは45meV程度とかなり大きいことがわかっている。これは,これまで知られている単結晶試料として最良のものであることを示している。
今回の実験では,電流印加方向(結晶軸[001]方向)に対して磁場を加える方向を変えながら50テスラまでの強磁場を加え,Nd2Ir2O7の抵抗値の変化を測定している。これにより,10テスラ程度の外部磁場を結晶軸の1つの[001]方向に加えた時にエネルギーギャップが抑制され,絶縁体から金属状態になることでおよそ600倍の大きな抵抗値の変化を検出することに成功している。
通常~10テスラの外部磁場で得られるエネルギー利得は~1meV程度だが,この50倍ほどの大きなエネルギーギャップを持つNd2Ir2O7を小さな磁場で制御できていることになる。
研究グループは理論的な考察から,この異常に磁場に敏感な性質は,Nd2Ir2O7に含まれている希土類元素Ndと遷移金属元素Irの電子相関から来ていることを突き止めた。
Nd2Ir2O7においては近藤カップリングと呼ばれるNdとIr間の相関によりエネルギーギャップが開いているが,この近藤カップリング機構によるエネルギーギャップはNdの磁気的な構造に敏感であり,Ndの磁気構造を磁場により変化させることによりこの金属絶縁体転移を制御できることがわかった。
このため,Nd2Ir2O7は立方晶でありながらも,磁場を加える方向に依存する,金属・絶縁体転移が観測されたと考えられるという。
希土類元素と遷移金属元素のハイブリッド型磁性体を使えば,これまで不可能と思われてきた金属−絶縁体転移が比較的低磁場で敏感に起こることを示したということで,今後のメモリ等の開発に新しい開発指針を示すと同時に,立方晶という構造的に等方的な物質においても,磁場報告に敏感なセンサーの開発等に新しい指針を与えることが期待されるとしている。
また,金属−絶縁体転移は,次世代の科学技術の根幹となりえるメモリ技術などへの応用が考えられるだけではなく,背後にある多彩な物性物理のために多くの研究が集中している分野。研究グループはこの研究の成果を基盤として,パイロクロア化合物におけるさらなる物性研究が進行し,従来化合物では成しえなかった電子相関を利用した金属−絶縁体転移の弱磁場応答の研究が加速的に進むと期待する。
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