宇宙航空研究開発機構(JAXA)と早稲田大学は,国際宇宙ステーションの「きぼう」日本実験棟 船外実験プラットフォームに設置されている「高エネルギー電子、ガンマ線観測装置(CALET)」にて,テラ電子ボルト(TeV:1兆電子ボルト)という非常に高いエネルギー領域での電子の直接観測を世界に先駆けて開始した(ニュースリリース)。
CALETは,最新の検出・電子技術を用いた検出器を搭載し,これまでの観測では困難であった非常に高いエネルギーの電子やガンマ線,陽子・原子核成分の高精度観測やガンマ線バースト現象の測定などが可能な観測機器。
CALETの観測を通じて,(1)高エネルギー宇宙線の起源と加速のメカニズム,(2)宇宙線が銀河内を伝わるメカニズム,(3)暗黒物質(ダークマター)の正体等の「宇宙の謎」の解明を目指している。
CALETには,日本・NASA・ASIの協力の下、CERN(欧州合同原子核研究機構)における予備実験等を踏まえて開発された,シャワー粒子の位置検出が可能なカロリメータを搭載している。宇宙線がカロリメータ内部で引き起こす「シャワー粒子」の飛跡を可視化することにより,高エネルギー宇宙線を精密に測定する。
カロリメータとは,高エネルギー粒子のエネルギーを測定する装置。原子番号の大きい物質を電子やガンマ線が通過する場合,制動放射や電子・陽電子対生成といった電磁相互作用を繰り返すことにより,粒子の多重増殖(カスケードシャワー)が発生するが,このシャワー粒子によるエネルギー損失を測定して,入射粒子のエネルギーを決める装置をいう。
CALETは3層構造となっていて,一番底辺にあるTASCでは,シンチレータとして「タングステン酸鉛(PbWO4結晶)」を使用している。宇宙線観測機器としてシンチレータが最も厚く,1TeVを超える高エネルギー領域まで他を圧倒するエネルギー決定精度と粒子選別能力を有している。
また,中層部にあるIMCで使用しているシンチレーティングファイバーは,断面が1mm角で,それぞれを独立に読み出すことで,高精度な位置分解能で,宇宙線の到来方向や,入射宇宙線の種類の判定に必要な情報が得られるようになる。
カロリメータ全体で,従来の方法では観測困難であった高エネルギー領域を探ることが可能な性能を持つ。
これまでの研究により,暗黒物質(ダークマター)は宇宙初期にできた「弱い相互作用をする重い粒子(WIMP)」である可能性が高いとされている。理論上では,WIMPは対消滅や崩壊により既知の素粒子(電子・陽電子対など)を生成し,そのエネルギーはWIMPの質量エネルギーが上限となる。
このWIMPの質量は,これまでの電子・陽電子観測から数100GeV以上であることが期待されるため,暗黒物質の探索には,CALETのカロリメータによるTeV領域の電子・陽電子観測が重要となる。これほどの高エネルギー領域の電子観測ができるのはCALETが世界初となる。
CALETは,本年8月に「こうのとり」5号機で種子島宇宙センターから「きぼう」に運ばれ,船外実験プラットフォームに設置された。その後,観測機器の初期検証作業を完了し,現在は検出データの較正・検証作業を進めている。その初期検証段階において,TeV領域の電子(候補)がすでに観測されている。
CALETの定常観測への移行はデータの較正・検証作業後となるが,今後,2年以上に亘る高精度な観測によって,観測目的を達成するとしている。
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