北海道大学はレーザーを用いた新しい手法により,極低温特有の量子トンネル効果により,水素原子が氷表面を通常よりも格段に速く動き回る「トンネル拡散」を初めて実験的に観測することに成功した(ニュースリリース)。
水素原子は宇宙でもっとも存在量の多い原子く,宇宙における多くの分子生成に関与している。特に,宇宙の極低温環境に浮遊する氷微粒子上では水素原子が氷表面を拡散し,他の物質と衝突・反応して水素,水,有機分子等を生成していると考えられている。しかし,これら分子生成の前段となる,「水素原子がどのようなメカニズムで氷表面を拡散するか」は未解明だった。
従来から,水素原子は量子力学的な効果により,極低温氷表面の温度から推定される通常の拡散よりも格段に速いトンネル拡散で動き回ることが理論的に予想されていたが,実験が困難なため実証には至っていなかったが,今回,2種類のレーザーを用いた新しい実験手法で,水素原子が極低温氷表面をトンネル拡散していることの観測に初めて成功した。
実験では,氷表面に付着した原子は拡散したのちに他の水素原子と出会い分子化(水素分子生成:原子ではなくなる)し,その数を減らす。したがって,氷表面の原子の数を測定することにより原子の表面拡散の情報が得られる。
研究グループは,独自に開発した実験装置内に宇宙に浮遊する極低温(-263℃)氷微粒子表面を再現し,そこへ水素原子もしくはその同位体原子(重水素原子)を付着させた。表面上の原子を一つめのレーザーで蒸発させ,蒸発してきた原子を,別のレーザーを用いて分析検出することにより原子の数を測定した。
水素原子のトンネル拡散は質量の重い重水素原子の拡散と比較して2桁程度速いことが予想されていたが,今回の実験ではその顕著な差を実測することに成功した。
その結果,極低温の氷表面では,水素原子がトンネル拡散により通常よりも格段に速く拡散することがわかった。さらに,拡散のメカニズムは氷表面の構造に大きく依存し,構造に大きなゆがみがある部分ではトンネル拡散せず,通常の拡散をすることがわかった。
実際の宇宙空間の氷微粒子表面は単一の構造ではなく,平坦な部分やゆがみのある部分が共存している。水素原子はその表面を素早いトンネル拡散と通常の拡散を交互に繰り返しながら動き回り,最終的に反応する相手にたどり着くことになる。
宇宙の氷微粒子表面では,酸素や炭素原子も多くの分子生成に関わっているが,これらの原子が氷表面をどのように動くかも解明されていない。今回の研究の実験手法を用いれば,こうした原子の振る舞いの解明も期待されるという。研究グループは,こうした基礎過程の詳細な研究の積み重ねにより,宇宙における分子の生成・進化の全容解明に迫ることができるとしている。
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