中央大学の研究グループは,水頭症の治療法である「シャント手術」において,シャントチューブ内を流れる脳脊髄液(髄液)の速度をリアルタイムで計測する方法を新たに開発した(ニュースリリース)。
水頭症は脳内に脳脊髄液(以下,髄液)が過剰に溜まる病気で,髄液の吸収や循環の異常によって起こる。髄液が多すぎると脳圧が高くなり,頭痛,嘔吐,視力低下などさまざまな症状が現れる。
水頭症の代表的な治療法として「シャント手術」がある。これは,脳室と腹部をつなぐチューブを体内に通し,脳内の過剰な髄液を腹部へ逃がすことによって脳圧を下げる方法。チューブの途中にはシャントバルブが挿入されており,この圧力値を調節することで,チューブ内を流れる髄液の速度(流速)を調整することができる。
ところが,チューブ内の流速を客観的に測定する手段がなく,現状は医師が患者の容態を見ながら経験と勘を頼りにバルブの圧力値を調整している。そのため,圧力の設定値が適切でなかった時や,患者の状態が変化した時に対応できないことが問題となっていた。
体内を流れる液体をモニターする技術の代表例として,血管内の赤血球に光が当たったときの散乱光を検出することにより流速を測定する血管内の血流計測技術があるが,シャントシステムにおいてチューブ内を流れる髄液はほとんど水に近く,光を散乱するような異物に相当するものが無いため,散乱光検出手法による計測はできない。
そこで研究グループは,チューブ内に空気のかたまりを入れる方法を考案した。空気のかたまりは髄液と同じ速度でチューブ内を移動するので,チューブの外からレーザー光を照射することで,光の反射率が異なる空気が通過するときの移動速度を測定することができる。
医師はこの流速の測定値をもとに,シャントバルブの圧力値設定をより適切に行なえるようになることから,水頭症患者の肉体的・精神的負担の軽減につながることが期待される。
この技術は赤血球のような異物とは対極の「無」に相当する空気を導入することで,液体と空気との反射率の違いを利用して流速を計測する点に特徴がある。特に,シャントチューブ内流速計速では,異物として導入できるものは限られており,候補のひとつである造影剤では髄液との反射率の違いが小さく測定が困難なうえに,大量に導入することは不可能だった。空気はシャントバルブから注入することが可能であり,安全性にも問題ない。
研究グループではこれまで,実験室内にチューブを設置した原理実験で技術の有効性を確認している。今後は実際に体内のシャントシステムに対して測定が可能か,実証実験を行なうとともに,測定装置の小型化を進め,臨床現場での実用化を目指す。