産業技術総合研究所(産総研)は,アゾベンゼンという単純な構造を持つ有機物質の結晶が,光照射によってガラス板の上を変形しながら移動する現象を発見した。さらに,垂直に立てたガラス板を垂直方向に上ることも確認した(ニュースリリース)。
マイクロマシンにおいて,物体や物質の移動についてはこれまで,固体表面上の液滴や固体を,光を照射して移動させた例が報告されているが,特殊な表面処理を施した基板や,光照射の精密な制御,光源としてレーザを必要とするといった問題があった。
今回,単純な分子構造を持つアゾベンゼン誘導体である3,3′-ジメチルアゾベンゼン(DMAB)に着目して研究を行なった。この化合物は室温で結晶(トランス体の融点:53 ℃)だが,紫外光(波長365 nm)を照射するとトランス体からシス体への光異性化に伴って液化する。
逆に,可視光(波長465 nm)を照射するとシス体からトランス体への光異性化によって結晶化する。ガラス板上に載せたDMABの結晶(大きさ:数十µm,厚さ:数µm)に紫外光と可視光を互いに反対方向から斜めに照射すると,紫外光から遠ざかる方向に結晶が移動した。
結晶の移動速度は,光の強さや角度によって変わるが,例えば,紫外光と可視光をそれぞれ200mW cm-2,50mW cm-2の強度,角度45度で照射したところ,複数の結晶の平均移動速度は毎分約1.8µmであった。
この実験では,光源として一般的な光化学実験で用いられるLEDや高圧水銀灯,ガラス板として市販のカバーガラスを用いており,レーザなどの特殊な光源や基板の表面処理は用いていない。また,光は結晶全体に照射しており,結晶の一部だけ照射するなどの光の制御も必要ない。
今回発見した移動現象は,結晶に二つの光を同時に照射する場合にだけ起こる。すなわち,完全に液化した液滴に光照射を行っても液滴の移動は観測されなかった。また,結晶に紫外光か可視光のいずれかの光だけを照射しても移動しなかった。さらに,それぞれの光の強度のバランスが重要であった。
ガラス板を垂直に立てた状態での光照射による結晶移動を試みたところ,結晶が壁面を上る(鉛直方向に移動する)ことも可能であった。
今回発見した結晶の移動現象の詳細なメカニズムの解明は今後の課題だが,結晶が動く方向に対して,後方では液化が,前方では結晶化が同時に起こり,それによって結晶が移動すると考えられる。
そこで,この現象の一般性を調べるために,より単純な分子構造のアゾベンゼン結晶についても移動現象を調べた。アゾベンゼンは室温では紫外光照射によって液化しないが,50 ℃では紫外光照射で液化する。50 ℃に保持したまま,紫外光と可視光を同時に照射すると,結晶が移動した。この結果は,光で液化と結晶化を起こす化合物であれば移動の現象が起こりうることを示している。
研究具グループは今後,光で結晶が移動する現象の詳細なメカニズムの解明を目指す。また,物質や物体移動の自在制御やバルブなどの応用技術の開発に向けて,より速く移動する化合物や,より弱い光でも移動する化合物についての研究を行なうとしている。