千葉大学と静岡大学の研究グループは,平行度の高い赤外線ビームを利用することにより,高度数十メートルの低層大気中での二酸化炭素について,広域での平均濃度を連続的に計測できる手法の開発に,世界ではじめて成功した(ニュースリリース)。
人工衛星による広域の観測としては,日本の衛星「いぶき」(GOSAT)が赤外線を利用して全球での濃度観測を行なっている。現在,地上レベルでもっとも精度が高い観測が行なえるのは,サンプルとなる空気を瓶に捕集して実験室に持ち帰り分析する方法(サンプリング計測)であり,この方法によって地上や民間航空機を活用した計測が継続されている。
二酸化炭素の排出源は地表付近に多く存在しており,森林や海洋での吸収もまた,地上付近で起こっている。地上で行なわれるサンプリング計測の欠点として,ある一点で捕集した空気が,その周囲の濃度と必ずしも一致しないことがある。市販のCO2メータで室内の二酸化炭素濃度を測ると分かるが,測定結果は人間の呼気にすら敏感であり,自動車や工場など排出源が多くある都市部においては,その地域の代表的な濃度を計ることが困難になることが予想できる。
一方,衛星観測で測れるのは可視光に近い近赤外では地表から上空までの積分値(カラム量)であり,高度分布情報が得られる熱赤外バンドでは地表面付近での測定感度が低く,上空の値が主にデータに反映される。このため,人類の活動領域である地表付近の温室効果気体の濃度を広域で測定する手段は,これまで実現できていなかった。
研究では,光源,望遠鏡システム,分光器システムの最善の組み合わせを追及した結果,都市部上空において低層での二酸化炭素濃度計測を連続的に行なうことに成功した。実験に使用した波長1575nm付近の近赤外ASE光源は,光通信の用途に向けて開発されたもの。この波長領域には,二酸化炭素以外にも水蒸気と水蒸気に含まれる水の同位体(2H16O1H)の吸収スペクトルも見られ,これらの濃度も同時に測ることができた。
分光器のセンサー部に使用したインジウム・ガリウム・ヒ素(InGaAa)アレイセンサは,半導体を利用したもの。光路の長さは往復で5100mであり,赤外線ビームの直径を10cmとすると都市上空の約40,000リットル(40立方メートル)の空気を対象とした平均濃度を数分で計測できることに相当する。
実験は,千葉大学に計測用光源,望遠鏡,分光装置を置き,2.55km離れた千葉市科学館の建物屋上に反射器(レトロリフレクタ)を設置して昨年9月に行なった。往復して戻ってきた光を高性能の赤外分光器で観測すると,二酸化炭素による吸収スペクトル(光の強度の規則的な減少)を観測することができた。この吸収量から,光路の空気中に含まれる二酸化炭素の濃度が計算できる。
研究グループは今後,風向等の気象要因との関係をより詳細に調査するととともに,都市以外の地域,例えば森林地域への応用を検討している。また,同時に計測される水蒸気とその同位体濃度情報も,環境計測に活用していきたいとしている。
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