理化学研究所(理研)は,真空の屈折率1.0よりも低い屈折率0.35を実現した三次元メタマテリアルの作製に成功した(ニュースリリース)。
メタマテリアルは,光を含む電磁波に応答するマイクロ〜ナノメートルスケールの共振器アンテナ素子を大量に集積化した人工物質で,共振器アンテナ素子をうまく設計することで,物質の光学特性を人工的に操作できる。これまで報告されているメタマテリアルのほとんどは,その共振器構造が二次元的な平面パターンを基板表面に加工したものであったため,ある特定の入射方向の光のみにしかメタマテリアルの特性を示さない異方性を持ち,作製できるサイズも数~数百μm程度だった。
今回研究グループが開発したメタマテリアルは,共振器アンテナ素子を三次元的に加工し,基板に垂直な方向に対して縦,横,斜め方向に立体的に配置したため,メタマテリアルに垂直な軸周りのどの方向からの光に対してもメタマテリアルの特性を発揮できる。
研究グループが開発した3次元メタマテリアルの加工技術は,まず,シリコン基板の表面にレジストを塗布し,3次元の共振器となるリボンパターンを,電子線を用いたエッチングにより直線状に描画する。リボンパターンは中央部だけ線幅を広くした細い溝となるようにして現像し,リボンパターンのレジストを除去する。
次に,この基板にニッケル(Ni)と金(Au)の薄膜を真空蒸着法で蒸着する。残ったレジストを除去すると,細い溝のシリコン基板に直接付着していた金属膜だけが残り,ニッケルと金のリボン構造が形成される。次に,この基板を四フッ化炭素(CF4)ガスを用いたドライエッチング技術を用いて基板のシリコンだけを削る。この時,等方的なエッチングを行なうと,シリコン基板は表面のみならず金属リボンで影になっている下側の部分も削られる。
リボン中央部の下のシリコンが完全に削られる前にエッチングを終えると,金属リボンは中央部のみがシリコン基板に固定され,両側の腕がシリコン基板表面から離れて浮いた構造になる。この基板を真空槽から大気中に取り出すと,ニッケルと金に働く応力の違いによって,金属リボンの両腕は湾曲し,シリコン基板表面に垂直に自立したリング構造を形成する。このリング構造が,メタマテリアルを構成する1つひとつの共振器アンテナ素子になる。
新開発の加工技術を利用すると,金属リングの大きさや配置間隔,配置方向が高精度で制御できると同時に,個々のリングは材料自身がその形状を形成するので,大面積にわたって立体的な金属構造を効率良く加工することが可能となる。研究グループは,こうした手法を駆使してミリメートル角の大きなサイズの三次元メタマテリアルの作製に成功した。
作製したメタマテリアルの光学特性を測定したところ,周波数32.8テラヘルツ(THz)の光に対して,屈折率0.35という真空よりも低い屈折率を示すことが明らかになった。そして,この特性はメタマテリアルを軸周りに回転させても常に等方的に発揮される。「三次元」,「等方性」,「大面積」の3つを同時に実現した光メタマテリアルの開発は世界初。
今回開発した真空より屈折率が低いメタマテリアルの中では,光の速度が真空中よりも速くなる(今回は屈折率が0.35なので,真空中の光速より約3倍速い)。この性質は,透明化技術(透明マントなどの光学迷彩)の実現に必須の光学特性となるもの。
また,屈折率の低いメタマテリアルの実現は,既存のレンズの屈折力を高めて解像力や集光能力の改善などレンズの高性能化に寄与する。また,光の位相速度を大きく変化させる技術として見ると,高速かつ安定した光通信の実現などの応用にもつながるとしている。