東京工業大学の研究グループは,レーザ光とイッテルビウム原子とを使って薄い平面状の人工結晶を形成し,結晶中の個々の原子を直接観測することに成功した(ニュースリリース)。
通常の固体結晶はイオン格子と電子とから成るが,レーザの干渉を利用して作った「光の格子」の中に,超低温の原子を入れることで,固体と同様の振る舞いをする人工的な結晶を作りだした。
作製した人工結晶は不純物がゼロであり,かつ結晶中の個々の原子の観測が可能なため,各種パラメーターを完全に把握した状態で固体をシミュレートすることができる。用いた原子は,電子と同様の振る舞いをする同位体を有し,かつ作成した結晶構造が銅酸化物高温超伝導体のそれと同様であるため,高温超伝導の発現機構をシミュレートし,その微視的理解に迫れる可能性が高い。
光格子中の原子の分布は,発現した物性現象を直接的に示す極めて重要な情報となる。光格子の間隔はわずか544nmであり,光格子中の各サイトにトラップされた原子を観測するために,研究グループは実験装置を開発した。
具体的には,光学顕微鏡の分解能を増大させる力をもつ固浸レンズに超低温の原子を接近させる手法を独自に開発し,表面から2.6μmの場所に薄いシート状の光格子を形成し,原子をトラップした。
両者の温度比は,太陽と氷の温度比のさらに1億倍であり,レンズ表面が光格子中の超低温の原子に影響せず,かつ高い分解能が得られるよう,絶妙な距離に調整した。
世の中に存在するあらゆる粒子は,ボソンとよばれるものとフェルミオンとよばれるものの2種類にわけることができ,それぞれ統計的性質が全く異なっている。固体中の電子はフェルミオンとよばれる種類にはいるが,今回使用したイッテルビウムと呼ばれる原子はボソンとフェルミオンの両方の同位体をもっている。そのため,開発した実験系は,高温超伝導を含め,様々な最先端の物性現象のシミュレーションに適用することができる。
今回作成した光格子系は,薄いシート状の正方格子となっており,まさに銅酸化物高温超伝導体のシンプルなモデル系となっている。今後,目的とするシミュレーションを実現する上で,系の温度がもっとも大きな壁となってくる。
光格子系は固体中の電子をシミュレートできるが,電子と原子の質量が全く異なることなどから,超伝導現象が発現する温度自体は当然大きく異なり,1ナノケルビン(1ケルビンの10億分の1)から100ピコケルビン(1ケルビンの100億分の1)程度であると予想されており,現行の温度に比べてより低い温度を達成する必要性がある。
今回開発した顕微鏡は単に原子をみるだけではなく,系の温度を下げることにも利用できる。原子集団の温度を高める要因となっている特定の原子だけを選択的に排除することで,温度を2桁程度下げることが原理的に可能であり,今後の研究の発展に多いに期待がもてるとしている。
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