産業技術総合研究所(産総研)は,放送大学東京大学と協力して,衛生害虫トコジラミの生存に必須の共生細菌ボルバキア(Wolbachia)の全ゲノム配列を決定し,他の細菌から遺伝子水平転移で獲得したビタミンB7(ビオチン)合成遺伝子群が宿主トコジラミの生存を支えていることを解明した(ニュースリリース)。
研究グループは,ボルバキアが局在しているトコジラミの菌細胞塊を集めてDNA試料を調製し,約125万塩基対の環状DNAからなるボルバキアの全ゲノム配列を決定した。その結果,①ほとんどのボルバキアはビタミンB7合成系の遺伝子を欠いている ②トコジラミのボルバキアだけは完全なビタミンB7合成系の遺伝子をもっている ③トコジラミのボルバキアのゲノム上ではビタミンB7合成系の遺伝子群はコンパクトなオペロン構造をとっている ④カルディニウムのゲノム上でもビタミンB7合成系の遺伝子群が同様のオペロン構造をとっている ⑤分子系統解析よりトコジラミのボルバキアのビタミンB7合成系の遺伝子はカルディニウムの遺伝子と最も近縁である ⑥ボルバキアもカルディニウムも昆虫類に広くみられる共生細菌であり,しばしば同じ宿主昆虫に共感染している。ことが分かった。
これらの一連の事実から,トコジラミのボルバキアのゲノム上に存在するビタミンB7合成系の遺伝子群は,おそらくはトコジラミの祖先で共感染していた共生細菌カルディニウムから,オペロンとしてそっくりそのまま遺伝子水平転移により獲得された可能性が高いと考えられる。
ボルバキアは昆虫類に広くみられる寄生的な共生細菌であるが,今回の研究により,トコジラミとの栄養供給を基盤とした相利共生関係が例外的に成立した進化機構が明らかになった。これは遺伝子水平転移による寄生から相利共生への進化を実証するとともに,衛生害虫の生存に関わる生理と分子基盤についての新たら知見。今後,衛生害虫として世界的に問題となっているトコジラミの防除や制御にも貢献が期待される。