月刊OPTRONICS 特集序文公開

赤色レーザーと車載応用

1.はじめに
近年半導体レーザー(LD)を使用した車載用システムへの応用は多岐に渡っている。例えば青色LDで蛍光体を励起し白色を出す方式を採用した自動車用ヘッドライトや自動運転の実現に不可欠なLiDAR(LightDetection and Ranging)センサー用途には近赤外LDが使用されている。可視域の波長帯での応用としては,赤色LDを使用したテールライトへの応用や赤色,緑色,青色のLDを使用したヘッドアップディスプレイ(HUD)が挙げられる。それぞれの分野で幅広く研究開発が進められており,一部では実用化も進んでいる。

特に近年自動運転に向けて,拡張現実ヘッドアップディスプレイ(AR-HUD)やシャイテック・ディスプレイ,あるいはダイナミック・グランド・プロジェクションや車外照明など,安全性と快適性を高める様々な先進運転支援システム(ADAS)技術が登場している。従来のPGU(Picture Generation Unit)はLEDバックライトのTFT-LCDが主流だったが,光変換効率が低くパッケージ容積が大きいためレーザー光源を使用したPGUが検討されており,より広い視野と高い解像度が要求される新規応用が盛んになっている。

AR-HUDでは,MEMS(Micro Electro MechanicalSystem)を用いたレーザービーム走査方式が採用されている。さらに,デジタルマイクロミラーデバイス(DMD)と導波路やホログラフィックフィルムなどの新しい光学ソリューションを組み合わせたホログラフィックHUDも提案されている。これらのシステムは,高い光学効率と小さなパッケージ容積を可能にする。小さなビームスポット径や狭帯域幅が要求されるため,シングルモードLDが適している。高輝度が要求されるダイナミック・グランド・プロジェクションの場合,DMDを使用するため,マルチモードLDが適している。

LDの材料系について言及すると,LiDARに使用される近赤外域LDは波長900nm近辺ではAlGaAs系の材料が使用されており,また可視域の青色LDではAlGaInN系の材料が使用されている。これらの材料系は,使用温度範囲が広く高温での特性劣化が最小限であることから高温での特性が重要である車載用途に適している。一方で,赤色LDの波長については,視認性の観点から640nm前後の短波長化が求められる。しかし,AlGaInP系の赤色LDでは,材料の性質上,波長が短いと高温時の光出力が低下する。車載用途では高温動作や高信頼性が要求されるため,赤色LDの高温特性の限界は技術的なボトルネックとなっていた。

また,車載用電子部品は一般的に,AutomotiveElectronics Council(AEC)が定めた信頼性規格に適合することが要求される。LDは,ディスクリート光電子半導体のAEC-Q102規格に準拠している。これらの仕様を満たす部品は,部品レベルの認定試験を追加することなく,過酷な車載環境での使用に適している。広い動作温度範囲が要求され,低温側では–40℃,高温側ではグレード分類により少なくとも85℃動作が要求される。個々のコンポーネントがこれらの基準を満たすことが望ましいが,そうでない場合は組み込みモジュールで評価が行われる。640nmのLDについては,シングルモードLDで85℃動作が報告されているが,マルチモードLDは現在の最新技術でも85℃動作に至っていない。これは,マルチモードLDはシングルモードLDに比べて活性層の体積が大きいため,しきい電流値が大きくなり,自己発熱が大きくなって高温のレーザー発振が妨げられるためである。そのため,マルチモードLDではペルチェ素子(TEC)などによる冷却が必要となる。

本稿では高温動作に対応した200mW CWシングルモードと,高光出力動作に対応した4.2W Pulseマルチモードの,最新の赤色LDの開発状況について報告する。

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