東京農工大学は,大腸菌に対して,特定の波長の光を照射することにより細胞を凝集させ,沈殿回収する技術の開発に成功した(ニュースリリース)。
大腸菌などの遺伝子組換え生物による有用物質の生産は,バイオ医薬品をはじめ,その重要性がますます高まっており,新たな物質を合成するバイオプロセスの確立や,生産性の向上,菌体の回収方法の改善やコストの低減などの技術が望まれていた。
シアノバクテリアは光合成により多様な物質を生産する能力を有する原核生物で,近年,シアノバクテリアを応用することで,バイオエネルギー関連化合物を生産するバイオプロセスの期待が寄せられている。特に組換えDNA技術を駆使することで,全く新しい機能を有する生物を設計,構築する「合成生物学」のアプローチに基づき,新しい機能を有するシアノバクテリアの開発に世界中がしのぎを削っている。
研究グループではこれまでに,緑色光を照射することにより,シアノバクテリアの遺伝子発現制御を行なう新しいシステムの開発,緑色光により自己溶菌を誘導する技術,さらには細胞表面にタンパク質を発現させるシステムを構築している。
これらの技術やシステムによって,微生物にある物質を別の物質に変換する能力や新たな物質を生産する能力,あるいは自己凝集能力を付与することができれば,全く新しいバイオプロセスが開発できると期待され,シアノバクテリアのみならず,他の原核生物においても有用であると考えられていた。
研究グループが開発した,緑色光の照射によって遺伝子の発現を制御するシステムは,シアノバクテリアが特定の色の光を認識し,それに基づいて遺伝子の発現を制御する緑色光センシング機能を用いたもので,緑色光を感知するセンサータンパク質,そのシグナルを受け取って活性化する転写因子,活性化した転写因子によって活性化されるプロモーターからなる。このシステムを用いて,細胞凝集タンパク質の一種である大腸菌由来Antigen43を大腸菌内で組換え発現させた。
培養液に緑色光を照射すると,上記の緑色光センシング機能によって,遺伝子組換えで導入したAntigen43遺伝子が発現したことが確認された。これにより生産されたAntigen43タンパク質は,大腸菌細胞の表面に輸送され,お互いを認識して結合する。このため大腸菌が自己凝集をおこして沈殿し,培養液を放置するだけで簡単に菌体を回収できるようになった。
一方,培養液に赤色光を照射した場合は,このような菌体の凝集,沈殿は起こらなかった。このように合成生物学的アプローチを駆使することにより,特定の色の光を照射するだけで微生物を回収する技術の開発に世界ではじめて成功した。
この研究成果は,「合成生物学」の考え方に基づくもの。大腸菌は原核生物のモデル生物として用いられる生物でもあることから,今回実現に成功した,特定の色の光を当てるだけで菌体が自己凝集するというこの機能,考え方を,シアノバクテリアをはじめとする有用物質を生産する微生物に応用することで,簡単かつ省エネルギーな細胞回収機能を備えた新しいバイオプロセスの開発が急速に進展すると期待されるとしている。
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