名古屋工業大学の研究グループは,光のエネルギーを使ってナトリウムイオン(Na+)を細胞から汲み出す新しいタンパク質(ナトリウムポンプ型ロドプシン:NaR)について,謎とされていたNa+の輸送メカニズムの全体像を明らかにした(ニュースリリース)。
ある種類の細菌から見つかった,光のエネルギーを使ってイオンを輸送するタンパク質はロドプシンと呼ばれている。しかし,生体にとっては重要なイオンであるナトリウムイオン(Na+)を運ぶロドプシンは見つかっておらず,細菌はNa+の輸送のためには太陽光エネルギーを使わない,というのが定説だった。
しかし研究グループは2013年に海洋に住む細菌から新たにポンプのようにNa+を輸送するタンパク質を発見し,ナトリウムポンプ型ロドプシン(NaR)と名付けた。この発見は生物界の常識を覆すものとして,大きな注目を浴びた。
極めて新しい分子として注目されているNaRだが,ロドプシンは光を吸収するためにレチナールと呼ばれる色素分子と必ずタンパク質内部で結合している。このレチナールは必ず水素イオン(H+)と結合しており,そのH+はちょうどロドプシンがイオンを輸送するときにイオンが通る,狭い穴の途中に存在している。
H+は+の電気を帯びているため,同じく+の電気を持つNa+との間には大きな反発力が生じ,Na+がタンパク質内部を通過する上で大きな障害となってしまうため,Na+を輸送するロドプシンは存在しないとさえ考えられてきた。
NaRの発見後も,このタンパク質が他のロドプシンと同様にH+を結合しているにも関わらず,どのようにしてNa+を輸送しているのかは大きな謎とされていた。そこで研究グループは光を吸収した後,タンパク質がNa+を輸送する様子を,高速観察技術やバイオテクノロジーを用いて調べた。
具体的には,2億分の1秒というNaRがNa+を輸送するよりも圧倒的に速い時間でレチナールの異性化を引き起こし,分子の光反応を開始させることができる「超短パルスレーザ」とタンパク質の色の変化を超高速で観察できる「高速カメラシステム」を用いて,Na+の輸送過程においてNaRにどのような変化が起こるのかを調べた。
これにより,NaRは光のエネルギーを使ってレチナールの構造を変え,さらに自身の持つ2つのアミノ酸を巧みに使うことでNa+の輸送を行なっているという全体像が初めて明らかになった。
今回の発見をもとにNa+の動きをNaRで制御できれば脳神経回路の動作メカニズムの研究への応用が期待される。またこれらをもとに人工的にNaRのタンパク質構造を改変することで,Na+以外のイオンについても光を使って輸送することができるようになる可能性がある。
うつ病の治療ではリチウムイオン(Li+)を患者の体内に投与するが,大量に蓄積すると副作用が生じることが分かっている。NaRはLi+を輸送することもできるため,よりLi+の輸送能力の高い分子を作り出すことができれば,そのような副作用の改善に役立つと考えられる。
また福島原発の事故以来,海水中などに含まれる放射性セシウムイオン(Cs+)が大きな環境問題となっている。これについてもCs+を輸送することができるロドプシンを設計することで,光というクリーンなエネルギーを使って回収・除染することが可能になると考えられ,環境問題にも大きく貢献することが期待されるとしている。
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