理化学研究所(理研)は,脳の働きに必要なカルシウムチャネル「IP3受容体」を制御する新しいアロステリック機構を発見し,その阻害メカニズムを解明した(ニュースリリース)。
IP3受容体は小胞体の膜上に局在するタンパク質で,神経伝達や記憶・学習を担っている。IP3受容体は4つ組み合わさって中心部にカルシウムイオンを1つだけ通す小さなイオン透過口を形成し,カルシウムチャネルとして働く。
脳の神経細胞やグリア細胞に信号が伝わると細胞膜からIP3(イノシトール三リン酸)が切り出され,細胞内に遊離してIP3受容体に結合する。IP3が結合するとカルシウムチャネルにアロステリック変化が生じ,小胞体からカルシウムイオンが細胞内に放出され,記憶・学習や細胞機能に必要なさまざまな生化学反応が起こる。しかし,このアロステリック変化の制御メカニズムの多くは未解明のままだった。
研究チームは,IP3受容体に作用してアロステリック変化を阻害する酵素を探索した。その結果,タンパク質のグルタミン残基とリジン残基の架橋反応を触媒する「トランスグルタミナーゼ」を同定した。
この酵素は炎症やストレスで誘導され,血液の凝固や皮膚の角質化などの生理機能を担う。このなかで神経細胞やグリア細胞に存在する2型トランスグルタミナーゼが,1型IP3受容体の2,746番目のグルタミン残基と隣接したサブユニットを架橋し,アロステリック変化を阻害することが分かった。さらに,この制御がオートファジー(自食作用)に関与することも明らかにした。
トランスグルタミナーゼはアルツハイマー病やハンチントン病など神経変性疾患の脳で活性化されることが知られている。研究チームは,ハンチントン病患者のリンパ球やモデルマウスなどを用いた実験で,このアロステリック阻害メカニズムがハンチントン病に関与する可能性を見いだした。
認知症の原因となる神経変性疾患ではカルシウムシグナルやオートファジーの制御異常の報告があり,今回の成果は,認知症の発症メカニズムの理解に役立つと期待している。
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