自宅の僕の部屋の片隅に日本の有名な靴メーカーR社の紙箱がある。箱の中には,僕が大学生だった頃の写真が放り込まれている。僕は時々箱を開けて何枚かの写真を眺めてみる。浦島太郎は玉手箱を開けた瞬間に老人になってしまったが,僕がその箱を開けるときには,ほんのひと時,大学生の頃に戻ることができるのだ。キャンパスの芝生の上で,春の陽光を浴びながら腕を振り上げたり何か叫びながら,こちらを見て笑っている仲間や自分の写真を見ていると,当時の溌剌とした熱気が甦って来る。色が少し褪せた写真を見ながら,あの頃,確かに僕たちの青春時代が存在していたのだと確信するのだ。
写真が発明されたのはヨーロッパで,初期にはPhotogenic drawingと呼ばれていた。「光による描画」くらいの意味だろうか。写真が発明される以前から,ピンホールやレンズで創り出される光の実像を壁やスクリーンに映し出すカメラ・オブスキュラという装置が存在していた。そこに映し出される実像を筆でなぞりながら正確な写生をする装置である。19世紀になって,光を感じて濃淡が生じる感光材料が発明され,カメラ・オブスキュラと組みわせて,人が筆を使うことなく,自然現象によって光の実像を記録できるようになった。ダゲレオタイプと呼ばれる装置だ。この装置を用いて写真を撮影する技術がPhotogenic drawingである。
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