産総研ゼロエミッション 国際共同研究センター(GZR)と光技術
第二回「多接合太陽電池研究チーム」

◆菅谷 武芳(スガヤ タケヨシ)
(国研)産業技術総合研究所 ゼロエミッション国際共同研究センター多接合太陽電池研究チーム チーム長
1994年筑波大学大学院博士課程工学研究科修了。博士(工学)。
電子技術総合研究所研究員,米国アリゾナ州立大学客員研究員,(国研)産業技術総合研究所上級主任研究員を経て,2014年同研究所太陽光発電研究センター先進多接合デバイスチーム長。
2020年同研究所ゼロエミッション国際共同研究センター多接合太陽電池研究チーム長,現在に至る。

産総研ゼロエミッション国際共同研究センター(GZR)で行なわれている光技術の研究を紹介するこのシリーズ,今回は「多接合太陽電池研究チーム」について,チーム長の菅谷武芳氏に紹介して頂く。

多接合太陽電池は,30%を超える高い変換効率を実現する技術として歴史がある一方,価格が非常に高く,人工衛星など特殊な用途でしか使われてこなかった。

「枯れた」技術と思われる多接合太陽電池だが,GZRで取り上げられたのは,その価格を大きく下げる可能性をはらむブレイクスルーがあったからだという。ここでは多接合太陽電池,および新たなシリコン太陽電池の研究とその進捗について話を伺った。

─研究の内容を紹介してください

私がチーム長を務める多接合太陽電池研究チームでは, Ⅲ-Ⅴ族化合物半導体の多接合太陽電池と,今一番使われているシリコン系の太陽電池のふたつのテーマについて, 17名ほどのチームで研究を行なっています。

最近,山を切り開いてメガソーラーを作ることに疑問の声が出ています。日本は国土が狭く,メガソーラーをこれ以上作るのは難しくなってくるので,狭い土地や場所でも使える高効率の太陽電池を開発しています。

多接合太陽電池は超高効率が特長で,市販のシリコン太陽電池の変換効率20%に対し30%以上が可能です。多接合太陽電池の変換効率が高いのは,異なる材料で作られた太陽電池を重ね合わせるからです。太陽電池は半導体なので,材料によって太陽光から吸収しやすい波長が異なります。

短波長はトップセルといわれるインジウムガリウムリン(InGaP)で吸収し,これを透過した長波長の真ん中あたりをガリウムヒ素(GaAs)で,一番長い波長はボトムセルで吸収します。このボトムセルの候補には,宇宙で使われているゲルマニウム(Ge)や,変換効率が高いインジウムガリウムヒ素(InGaAs)があります。

多接合(3接合)太陽電池の仕組み(提供:産総研)
多接合(3接合)太陽電池の仕組み(提供:産総研)

さらに,一般に広く使われているシリコン(Si)やCIGS(Cu,In,Ga,Se:銅,インジウム,ガリウム,セレン)も候補です。太陽電池は直列で繋がれるので,出力は3つの太陽電池の電圧の和になるので高電圧ですし,それぞれの材料が得意な波長を吸収するので太陽光全体を使え,変換効率が非常に高くなります。変換効率は理論的には接合数が多いほど高くなり,これまで6接合の39.2%が世界記録になっています。

ただし,6接合は非常に作るのが難しいので,コストを考えると実用化はまず無理です。そう考えると3接合くらいが一番良くて,シャ ープのInGaP,GaAs,InGaAsの3接合では,世界記録となる37.9%が得られています。

─普及に向けた問題はなんでしょうか?

多接合太陽電池の問題は,Ⅲ-Ⅴ族化合物半導体の結晶を成長するコストと基板が高いことで,現状は宇宙用,あるいは集光型太陽電池でしか使われていません。例えば探査機「はやぶさ」にもInGaP,GaAs,Geの3接合太陽電池が載っていて,その価格は現状,1 Wあたり7000円以上です。これがふつうのSiですと30円とか40円,あるいは20円という話も出てきます。それに比べると二桁以上高いので,これを安く作ることが必要です。

太陽電池パネルを搭載した無人飛行機のイメージ 出典:HAPSモバイルプレスリリース https://www.hapsmobile.com/ja/news/press/2019/20190425_01/
太陽電池パネルを搭載した無人飛行機のイメージ 出典:HAPSモバイルプレスリリース https://www.hapsmobile.com/ja/news/press/2019/20190425_01/

安くて高効率な太陽電池ができれば,これまでにない場所に太陽電池を設置することができます。例えばソフトバンクはHAPSモバイルというプロジェクトを計画しています。太陽電池の電気でプロペラを回す無人飛行機を成層圏に飛ばし,インターネットの基地局にしようというものです。この場合,飛行機は長期間連続で飛ぶことになるので,非常に高効率の太陽電池が必要です。我々のNEDOプロジェクトの目標として変換効率35%以上,コストは宇宙用の10分の1程度を考えています。そのくらいになれば,まずは無人飛行機で使われる可能性があると思います。

さらにコストを下げて電気自動車(EV)に載せるという話もあります。今,NEDOプロジェクトで,シャープ,トヨタなどはPHVのプリウスにⅢ-Ⅴ族の多接合太陽電池を載せて走行実証をしています。日本の自動車ユーザ ーは,1日の走行距離が50 km未満の人が80%以上です。変換効率30%で面積3 m2,出力1 kWの太陽電池をEVに搭載すれば50 km走れるという試算がありますので,実用化すれば80%以上の人が充電せずに太陽電池だけで走行できることになります。さらに,NEDOプロジェクトの変換効率の目標35%が達成されれば,90%以上の人が太陽電池だけで走れることになります。

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