3. 発光スペクトルを用いたAIによる各炭素鋼の判別
Pythonベースのプログラムで,数値計算のAIとニューラルネットワーク(NN)のAIを作成した。数値計算AIは,使用する炭素鋼のLIBSシミュレーションデータ17)をもとに,実際の計測データの特定の波長領域に含まれるピークの相対比を用いて,数種類の炭素鋼シミュレーションデータのうち,最もピーク形状が近いものを算出する。一方で,NN-AIは,NNの一種である畳み込みNN18)を使用したAIであるが,判定までの過程がブラックボックス化する難点がある。本ケースでは,実際の計測データの特定の波長領域に含まれるピークを学習データとして訓練し,材料を判別した。
表1は各炭素鋼のスペクトルデータ用いて,数値計算AIとNN-AIの精度を比較した結果である。数値計算AIの精度は約20%,一方でNN-AIは約4倍の84%であった。仮に,単純に精度≒正解率と見立てると,5種の炭素鋼を一般人が当てる確率は20%のため,数値計算AIは一般人をモデルにしたAIに近いと考えられる。その一方で,NN-AIはレーザー加工を経験している玄人または専門家のレベルのAIとなる可能性が高いことを示唆した。以上の結果から,NN-AIの改良および精度値の変化推移を検証した。
開発初期のNN-AIは,判定した各スペクトルデータをデータベースに保存していき,そのデータベースをモデル化して,次のスペクトルデータから炭素鋼を判定する仕組みを採用している。そのため,AIはデータベースからのモデル構築後にその都度判定をするケースでは,20点以上のデータを判定するのに1分以上を要した。そこで,図3に示すように,CPUとGPUの連携によりデータベースのモデル生成を常時別処理で動作させることで,現在,AI判定処理を10秒以内まで早くすることに成功している。
各炭素鋼のスペクトルデータから判定した場合の判定精度と,炭素鋼の濃度別に低中高(低濃度;S15CとS20C,中濃度;S35C,高濃度;S45CとS55C)に分けたそれぞれの時系列(日数)に対する精度推移の結果を図4に示す。当初,各判定は80%以上の精度を示していたが,個別判定(図4(a))では,8日目に精度は急激に60%以下までに低下し,低中高濃度別判定(図4(b))の方も4日目に僅かに低下を示した。この変化について検討した結果,分光器の入射ファイバーの固定位置を大きく変更したためスペクトルデータに変化が生じ,NN-AIがこれまでのデータとは違うデータと認識したと推測した。そこで,追加データ取得とデータベースの再構築を実施したところ,個別判定の精度値は80%台まで回復した。
判定正解率と精度の相関を図5に示す。X軸は判定サイクル数,Y1軸が正解率,Y2軸が精度率である。個別判定では,精度は86~88%で安定している反面,正解率は初め50%以下から4サイクル目には80%と増加傾向を示した。すなわち,正解率80%ならば,市販の携帯型LIBS7)のように測定時に6~9点のスペクトルデータを取得し,多数決で判定すれば判定ミスはほぼないと推測する。
一方で,濃度別判定では,精度率が90%超えていても正解率が67〜85%と不規則な推移である。これはS15CとS35Cの判定が入れ違う頻度が多いことが寄与しているためである。AI判定の仕組みがブラックボックスのため詳細な原因は特定できないが,最終的には教師あり学習機能により正解率が86%と安定していることから,濃度別判別は個別判定よりもミスが少ないAIであると評価でき,個別判別は不要でかつ,部分的な分類わけで十分な顧客ニーズの場合は,低価格な分光器で提供できると期待される。