安定な有機光触媒を利用した光触媒反応の開発

著者: 田中 健太

1. はじめに

近年の地球環境問題への関心の高まりから,有機合成化学分野においても環境に配慮したものづくりが注目されている。特に最近では,クリーンなエネルギー源である可視光を活用したフォトレドックス触媒反応が精力的に研究されている1)。この反応は基質とフォトレドックス触媒間の一電子酸化還元反応が特色であり,熱的には進行しない反応を実現できることから新たな合成ツールとして様々な医薬品や機能性材料合成への応用が期待されている。フェノチアジンはさまざまなフォトレドックス触媒反応に利用されている有機光触媒であり,その高い還元力からこれまで多くの一電子還元を起点とする光触媒反応に用いられてきた(図12)

図1 フェノチアジン有機フォトレドックス触媒の分子構造
図1 フェノチアジン有機フォトレドックス触媒の分子構造

その一方で,フェノチアジン分子の窒素原子のパラ位は高い反応性を有しており,しばしば官能基化されてしまうことから,より安定性の高い新たなフェノチアジン触媒の開発が求められてきた3)。筆者はこれまで可視光をエネルギー源として活用する多様な有機フォトレドックス触媒を独自に設計・開発し,環化付加反応をはじめとする様々な光触媒反応に展開している4)。このような知見を基盤として,新たに安定性の高いフェノチアジン有機フォトレドックス触媒を設計した。即ち,(i)触媒の安定性および還元力を高めるため,フェノチアジン分子の窒素原子のパラ位にtBu基などの嵩高い電子供与基を導入する。(ii)可視光を吸収し,かつ触媒の一電子酸化により生じるラジカルカチオン中間体の安定性を高めるため,硫黄原子で架橋した螺旋構造を分子に導入するように設計した。本稿では,このような触媒設計に基づいた新規フェノチアジン有機フォトレドックス触媒の開発と光触媒反応への応用について紹介した後,触媒の安定性の評価について述べる5)

2. 新規フェノチアジン有機フォトレドックス触媒の開発と光触媒反応への応用

2.1 PTHS触媒の開発

はじめに,入手容易な出発原料を用いて1〜2段階で新規フェノチアジン有機フォトレドックス触媒(PTHS 1-3)を合成し,その光触媒特性を評価した(図2)。その結果,これらの触媒は従来のフェノチアジン触媒(PTH 1-4)と比較して低い励起酸化電位(E1/2ox*=–2.34~–2.40 V vs. SCE)を有する触媒であり,一電子還元を鍵とする多様な光触媒反応へ利用できることが示唆された。さらに,紫外可視吸収スペクトルからPTHS触媒は可視光領域に吸収帯を有することが確認できたため,可視光をエネルギー源として活用できる触媒であることが分かった。

図2 新規フェノチアジン有機フォトレドックス触媒の物性評価
図2 新規フェノチアジン有機フォトレドックス触媒の物性評価

2.2 PTHS触媒を利用した光触媒反応の検討

続いて,合成したPTHS触媒を種々のフォトレドックス触媒反応に適応した。1,1-ジフェニルエチレンの三成分オキシトリフルオロメチル化反応を検討した結果,1.0 mol%のPTHS 1-3触媒で円滑に反応が進行し,目的生成物⑶を良好な収率で与えた(図3)。PTHS触媒は低い励起酸化電位を有するため,梅本試薬(1; Ep/2=–0.25 V vs. SCE)を一電子還元することでCF3ラジカルが円滑に発生し,1,1-ジフェニルエチレン⑵と反応することで目的生成物⑶を与えたと考えられる。

図3 オキシトリフルオロメチル化反応の検討
図3 オキシトリフルオロメチル化反応の検討

次に,1,3-ビス(トリフルオロメチル)ベンゼン⑷と不活性アルケン⑸との脱フルオロアルキル化反応の結果を図4に示す。PTHS-1およびPTHS-2では反応の進行が確認され,生成物⑹を中程度から良好な収率で与えた(図4, entry 1および2)。一方,PTHS-3を用いた場合,生成物は痕跡量しか得られなかった(図4, entry 3)。PTHS-3はPTHS-1およびPTHS-2と比較して低い酸化電位を有していることから(PTHS-3: E1/2(C•+/C)=0.64 V vs. SCE, PTHS-1: E1/2(C•+/C)=0.86 V vs. SCE, PTHS-2: E1/2(C•+/C)=0.80 V vs. SCE),ギ酸ナトリウムの酸化が効率的に進行しないことが示唆された。さらに,既存のフェノチアジン触媒であるPTH-3では収率が低下したことから,還元力の高いPTHS-1の優位性が確認された(図4, entry 4)。

図4 脱フルオロアルキル化反応の検討
図4 脱フルオロアルキル化反応の検討

続いて,ハロゲン化アリール(7a)と亜リン酸トリエチルを利用したホスホン酸エステル化反応を検討した。その結果,いずれのPTHS触媒においても良好な収率でホスホン酸エステル(8a)を与えた(図5)。

図5 ホスホン酸エステル化反応の検討
図5 ホスホン酸エステル化反応の検討

ハロゲン化アリールは低い還元電位を有していることから還元することが難しい基質であるものの(7a; Ep/2=–2.16 V vs. SCE),PTHS触媒の高い還元力により円滑に一電子還元が進行することで目的物が得られたと考えられる。本反応は電子供与,求引基を含む多様なハロゲン化アリールに適用可能であり,対応する生成物を高収率で与えた(図6)。以上の結果から,PTHS触媒は多様な光触媒反応に利用できる触媒であることが明らかとなった。

図6 ホスホン酸エステル化反応の基質検討
図6 ホスホン酸エステル化反応の基質検討

3. PTHS触媒の安定性の評価

PTHS触媒の安定性を検討するため,PTH-1およびPTHS-1 の光化学的スルホニル化反応を検討した(図7)。即ち,青色光照射下,PTH-1 を塩化パラトルエンスルホニル(TsCl)と反応させたところ,フェノチアジン分子の窒素原子のパラ位が高い反応性を有していることから,スルホニル化反応が進行し78%の収率で生成物が得られた(図7(a))。その一方で,PTHS-1 を用いて同様の反応を検討したところ,嵩高いtBu基を有していることから反応は進行せず95%の収率でPTHS-1を回収することに成功した(図7(b))。

図7 フェノチアジン触媒の安定性検討
図7 フェノチアジン触媒の安定性検討

この結果から,PTHS-1触媒は従来のフェノチアジン触媒と比較し高い安定性を有していることから,既存の触媒では実現が困難な様々な光触媒反応を開発することができることが期待される。次にPTHS-1 の高い安定性に着目し,触媒のリサイクル化を検討した(図8)。

図8 フェノチアジン触媒のリサイクル検討
図8 フェノチアジン触媒のリサイクル検討

ホスホン酸エステル化反応において反応終了後に触媒を回収,再利用を検討したところ,PTH-1は収率の低下が見られた一方で,PTHS-1は触媒活性を失うことなく4回の再利用が可能であることが分かった。また,反応をグラムスケールで実施したところ目的生成物は85%の収率(1.20 g)で得られ,PTHS-1の回収率は96%であった(図9)。したがって,PTHS-1はグラムスケール条件下においても問題なく適応可能な触媒であることが明らかとなった。

図9 グラムスケール反応
図9 グラムスケール反応

4. おわりに

本稿では,筆者らが見出した安定性の高いフェノチアジン有機フォトレドックス触媒(PTHS)について紹介した。PTHS触媒は低い励起状態酸化電位(E1/2ox*=–2.34~–2.40 V vs. SCE)を有する触媒であり,様々な一電子還元を起点とする光触媒反応の開発に成功した。さらに光スルホニル化反応やリサイクル化の検討により,既存のフェノチアジン触媒と比較し高い安定性を有することが明らかとなった。フェノチアジン触媒はこれまで多くの光触媒反応に利用されているものの,天然物合成や生物分野および機能性材料分野への利用は依然として限定的であることから,今後様々な分野へ展開されることを期待したい。

謝辞

本稿で述べた研究成果は,実験に携わった安藤早春氏の懸命な努力により得られたものであり,深く感謝いたします。独自の研究課題に取り組むに当たりご指導賜った門田功教授,髙村浩由准教授に心より御礼申し上げます。本研究の一部は,公益財団法人加藤科学振興会,公益財団法人池谷科学技術振興財団,公益財団法人中国電力技術研究財団,公益財団法人ヒロセ財団の支援を受けて行われたものであり,謹んで感謝の意を表します。

参考文献
1)N. Holmberg-Douglas, D. A. Nicewicz, Chem. Rev. 122, 1925 (2022).
2)K. Tanaka, H. Takamura, I. Kadota, Tetrahedron Lett. 169, 155745 (2025).
3)(a) A. Mizutani, M. Kondo, S. Itakura, H. Takamura, Y. Hoshino, M. Nishikawa, I. Kadota, K. Kusamori, K. Tanaka, Bull. Chem. Soc. Jpn. 98, uoaf044 (2025). (b) M. R. El-kholany, T. Senoo, A. Mizutani, H. Takamura, T. Suzuki, I. Kadota, K. Tanaka, Org. Lett. 27, 4870 (2025). (c) S. Horiuchi, M. Oishi, A. Mizutani, H. Takamura, I. Kadota, I., K. Tanaka, Chem. Commun. DOI: 10.1039/D5CC02699G (2025). (d) H. Ando, S. Kodaki, H. Takamura, I. Kadota, K. Tanaka, Org. Biomol. Chem. 22, 9032 (2024). (e) 田中健太,安藤早春,特願2024-40566, PCT/JP2025/9339.
4)(a) J. Liu, H. Liu, X. Guo, Z. Wang, X. Wu, J. Li, C. Zhu, Green Chem. 25, 3847 (2023) (b) A. Jiménez-Almarza, A. López-Magano, R. Mas-Ballesté, J. Alemán, ACS Appl. Mater. Interfaces 14, 16258 (2022) (c) Y. Ahn, D. W. Jang, Y. Cha, M. Kim, K. Ahn, Y. C. Kim, Bull. Korean Chem. Soc. 34, 107 (2013).
5)(a) H. Ando, H. Takamura, I. Kadota, K. Tanaka, K. Chem. Commun. 60, 4765 (2024). (b) 田中健太,安藤早春,特願2024-014841, PCT/JP2025/3138.

■Development of Photocatalytic Reactions Mediated by Highly Stable Organophotocatalysts
■Kenta Tanaka
■Research Institute for Interdisciplinary Science, Okayama University Assistant Professor

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