2.2 ガスTPCと光検出の融合による高感度化
感度を制限している主なバックグラウンド成分は,ガス検出器内部に微量に残留する放射性ラドン(222Rnおよび220Rn)である。このラドンは気体であるため容器内に一様に分布すると考えられる。

一方,2.1節で紹介した型のTPCは3次元飛跡を記録できるが,放射線がどこの高さで発生したか決定できない課題をもつ。そこで我々は,光電子増倍管(PMT)をTPCの側面に導入して2度のガス発光の時間差を検出することで,アルファ線の発生した高さを決定する手法を確立した13)。
2.1節のアルファ線飛跡検出過程における過程1.でアルファ線がガス分子を電離すると同時に発光する。そして,過程3.で電子がμ-PICに到達したら逐次発光する。つまり2度発光する。図2に実際に観測されたμ-PICの信号とPMTからの信号の波形を示す。この同期された信号は,上述した現象が間違いなく観測されたことを裏付する。
2度発光するこの時間差は電子が電場にのって輸送されている間の経過時間に相当するため,μ-PICから鉛直上方向の位置決定が可能となる。分析対象のサンプルは,設置されているため,サンプル表面から発生したアルファ線事象の時間差は一意である一方,背景雑音であるラドン由来のアルファ線事象は空中で発生するため時間差は連続的な分布として観測される(図3)14)。

背景雑音を効率よく抑制できたことによって分析装置は,検出限界6×10–4 a/cm2/hr(90%CL)を達成し,感度一桁改善に成功した。地下実験領域にとどまらず材料メーカーなどの企業からも分析依頼を請け,学術領域・産業界にもニッチではあるが貢献している。
3. 極低放射能アルファ線イメージ分析事例
筆者は,この技術をもちいて,特に地下宇宙素粒子実験領域における材料分析を継続してきた(図4)。
シンチレータ無機結晶の表面汚染濃度測定は,結晶をスライスして並べることで,3次元ウラン・トリウム濃度分布を定量分析する技術開発を,東北大学金属材料研究所と共同で進めている。結晶成長の段階で金属の融点の違いを用いて不純物金属であるウラン・トリウムを結晶端に偏らせて中心部位を純化する。この純化手法が正しく機能しているか評価するために有用である。

また半導体材料を卸す企業より材料表面の分析依頼を請けた。半導体パッケージに要求される不純物レベルはJEDEC規格により10–2 a/cm2/hr未満だが,次世代半導体開発に向けて,より高純度・低不純物な材料提供を目的にしているのだろう。学術領域だけでなく,産業界でも高感度なアルファ線分析が今後重要になると予期している。
4. 将来の展望
品質向上のために装置の高感度化は,どこまで突き詰めればよいのだろう。地下宇宙素粒子実験領域では,究極的には際限なく低レベルのアルファ線も検知できる感度が要求される。一方で産業界ではどうだろう。品質評価・保守にどれだけ経費が賄えるかが焦点になるかもしれない。アルファ線分析技術はニッチであるが学術領域外にも需要がある。最近の超低アルファ金属材料需要拡大が背景にあるのだろう。日夜分析作業を通して如何に感度改善するか新しいアイデアを考え,世界最高感度の分析技術を維持し続きたい。