無反射多層基板を用いた光学的精密計測

著者: 服部 吉晃

1. はじめに

現代の先端技術開発において,複雑な現象を理解するためにはナノ計測技術が不可欠であり,社会課題の包括的な解決に向けて,新しい計測技術の開発が求められている。本稿では,光学的干渉現象を利用した顕微イメージング技術を紹介する。

波動が重なり合うことで発生する干渉現象は,古くから精密計測に応用されてきた。例えば,白色干渉計やレーザー干渉計は,振幅差や位相差の分析,および干渉縞の観測を通じて,試料表面の数nmの段差の計測や可視化を可能にしている。また,光学顕微鏡でも干渉現象は利用され,生物学における透明な細胞や微生物の観察でコントラストを増強させ,鮮明に試料を観察する目的で,位相差顕微鏡や微分干渉顕微鏡として利用されている。これらの手法は,波動の解析が不要で,迅速に直接試料を観察できる利点がある。本研究で提案する手法もこれらに類似するが,試料を載せる基板に工夫することで,原子レベルの精密計測を実現し,ナノテクノロジーへの応用を目指している。

本手法の特徴は,一般的な光学顕微鏡のシステムをそのまま利用できる点にある。特殊な機器や分析装置を必要とせず,大気圧下において試料を非破壊・非走査でリアルタイム観察が可能である。また,観測する光は微弱光ではないため,高価な冷却カメラや暗室は必要なく,防振装置も不要である。カメラの撮影ボタンを押すだけで行える精密計測は,物理現象の解明に貢献するだけでなく,従来の電子線やX線,放射光を利用した詳細な表面分析法の予備調査としての利用も期待される。

2. 無反射多層基板を利用した測定法

本手法の測定装置の概略図を図1(a)に示す。本手法は金属顕微鏡に取り付けたカメラで試料を撮影するものであり,光学設計された無反射多層基板上に試料を乗せて観察する点が特徴である。図1(b)は基板上に数nmの極薄膜が形成された際の断面の模式図を示している。光源から基板へ入射した光は,薄膜内で干渉を生じる。図1(c)は反射率(R)に対する波長(λ)依存性を示す模式図である。図中の実線のように,多層基板はある特定の波長において反射率が低くなるように光学設計されている。この基板上に極薄膜が形成されると,反射スペクトルが図の破線のようにわずかに変化する。これは基板の色が薄膜によりわずかに変化することを意味し,その色の変化をカメラで撮影することで,直接的な顕微イメージングが可能となる。

図1 測定原理を示す模式図。(a)測定装置,(b)無反射多層基板,(c)反射スペクトル,(d)コントラストスペクトル。
図1 測定原理を示す模式図。(a)測定装置,(b)無反射多層基板,(c)反射スペクトル,(d)コントラストスペクトル。

光学設計された多層基板を用いる理由は,低反射波長域において感度が向上し,取得画像の色のコントラストが増大するためである。図1(d)に反射率の変化率C=(RsamRsub)/Rsubで定義されるコントラストスペクトルの模式図を示す。変化率は低反射領域内で正および負のピークを有し,特定の波長で感度が高まることを意味している。したがって,白色光での観察でもナノ計測は可能であるが1, 2),感度が特に高い単色光を選択的に用いることで,より高コントラストな画像が得られる。実際には,研究用途の一般的な光学顕微鏡には光学フィルタを光路内に挿入できる仕様になっており,半値幅約10 nmのナローバンドパスフィルタを利用することで,準単色光による観察が可能となる。これにより,極薄膜のコントラストをさらに向上させることができる。一方で,光学設計されていない高い反射率の基板を用いた場合,同様の手法では極薄膜を画像上で認識することは困難である。

これらの技術はグラフェンを代表とする層状結晶構造を持つ材料の研究分野において,極薄膜の可視化手法として広く知られている。この分野では平坦性が高く,容易に入手可能な熱酸化シリコン基板が可視化用基板として一般的に利用されている3)。酸化シリコンの厚さを90や300 nm程度とすると,干渉効果により特定の波長で反射率が約10%になり,厚さ約0.33 nmの単層グラフェンを容易に可視化できる。しかし,反射率が0%になる多層基板を積極的に作製し,可視化技術へ利用する研究はこれまで十分に進められていなかった。

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