光周波数コムを用いた光フェーズドアレイ

1. 背景

 近年3D Lidarやレーザープロジェクタの光源として光フェーズドアレイの開発が行われている1, 2)。電波の領域で広く用いられているフェーズドアレイアンテナとは,アンテナアレイの各素子から位相制御された電波を出射することでその波の放射パターンを制御する技術であり,光フェーズドアレイはこの技術を光波の領域に展開したものである。

図1 光フェーズドアレイの概念図
図1 光フェーズドアレイの概念図

 図1に光フェーズドアレイの概念図を示す。まず,光源であるCWレーザーの単色光を分岐して位相制御器に導入し,設計された相対的な位相量を与える。その後これらの光をアレイ状に配置された光アンテナから出射することで,個々の波面が干渉し,与えられた位相パターンに応じた干渉波面が形成される。位相量を制御することで光強度を空間的に孤立させることができ,いわゆる集光点走査のような動作も可能である。また,この過程を逆にたどることで,受信機としての機能も果たすことができ,個々の光アンテナで検知した位相差から,入射した光の波面を計測することも可能である。以上の機能から,光フェーズドアレイは光の波面を制御および計測することが可能な,フェーズドアレイレーダーの光版といえる技術である。

 近年の光集積回路の発展に伴い,現在光導波路型の光フェーズドアレイの研究・開発が盛んである。動作の基本原理は図1に示した方法であるが,より多くの位相制御器と光アンテナをいかに実装するかで世界中のグループがしのぎを削っている。すでに約1000個の光アンテナを実装した例1)や,光フェーズドアレイから受光部まで組み込んだ例3)が報告されており,近赤外1)や可視光4),近年とくに研究が盛んな中赤外領域での実装5)も進められている。

また,特定の空間点に光を照射し,その反射光の遅延時間から距離を求めるLidarとしての機能を組み込むことで,ガルバノミラーといった機械駆動が一切無い高速3D Lidarとしての応用も進められている2)

 以上のように,機械駆動が一切無いことで高速集光点走査を実現できる光フェーズドアレイは,光計測の光源として高いポテンシャルを有すると期待されるが,いくつかの課題点が存在する。

 1つ目は,光導波路型光フェーズドアレイの光源として,広帯域な超短パルス光源を用いることが難しい点である。これは,位相制御に用いられる電気光学変調器(EOM)の波長依存性によって,各光アンテナの位相パターンを全帯域で正確に制御することが困難であることが理由として挙げられる。加えて光導波路の分散の影響により光導波路を進む超短パルスにチャープが与えられ,パルスの時間幅が変化する。特にフェーズドアレイを構築するためにEOMと光アンテナの光路は独立しており,各光導波路の長さが少しでも変化すれば,光アンテナから出射する超短パルスの位相は波長によって異なってしまう。

 2つ目は,多数実装されているEOMや,導波路全体の制御が困難であるという点である。主にニオブ酸リチウムで構成されるEOMは,印加する電圧に応じて伝搬する光の位相が変化する。しかし多数のEOMを独立して実装するため,一定の位相量に対する必要電圧は個体差により変化してしまう。また,光フェーズドアレイは干渉を利用するため,光源を多数に分岐した所から波面を形成する所までが干渉計となる。そのため温度変化による光路長変化は形成する波面に直接的に影響するため,導波路基板の温度管理も重要となる。

これらのパラメータを正確に制御する必要があるため,制御のための電気系回路は光アンテナ数に応じて増大し,正確な波面制御は困難になる。

 CW光源を用いても応用としての有用性は十分あるが,超短パルス光源を用いればより強力な技術となりうる。フェムト秒の超短パルスは,距離計測や分光計測など,様々な光計測分野でその有用性が示されている光源であり,後述する光周波数コムを光源とすれば,既存手法では困難な広ダイナミックレンジ計測が達成できる。そのため,超短パルス光源を適応できる光フェーズドアレイがあれば,2次元面の各点に高機能な光計測手法を適応することができ,さらに高速であるため,高空間解像度と計測速度を両立することもできる。そこで我々のグル ープでは,超短パルスが適応可能な,まったく新しい原理に基づく光フェーズドアレイの開発を行っている。

図2 光周波数コムについての概念図
図2 光周波数コムについての概念図

2. 光周波数コム

 光周波数コム(以下,光コム)とは周波数制御されたモード同期レーザーである。図2に示すように,周波数領域においては櫛のように等間隔に並んだスペクトル群を構成し,時間領域ではフェムト秒オーダーの超短パルス列を形成する。そして,繰り返し周波数frep とキャリアエンベロープ周波数fceoという2つの無線周波数(MHz~GHz)によって光周波数(THz~PHz)を自在に操ることができ,マイクロ波周波数基準による安定化で15桁以上の周波数安定度を実現できる。それぞれの周波数は時間領域における超短パルス列の特性を直接的に制御することができ,frepはパルスの間隔を,fceoは超短パルスの位相を全帯域で制御することができる。

以上のように光コムは光の時間と周波数領域を自由に制御できるため,その極めて高い安定度は光計測の計測不確かさの低減に貢献することができる。実際,光周波数計測や距離計測の精度とダイナミックレンジを飛躍的に向上させ,数々の先行研究においてその有用性が示されている6~13)

 本研究の光フェーズドアレイにおいても,パルス間隔と全帯域の位相を自由に制御できる点を積極的に活用している。

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