塗布型有機無機ハイブリッドペロブスカイト太陽電池の研究

1. はじめに

近年,再生可能エネルギーが注目を集めており中でも太陽電池を用いた太陽光発電の導入量はここ10年で急速に拡大しているが,その主流は多結晶シリコン太陽電池である。シリコンはクラーク数で2番目と資源量は豊富であるが,シリコンの原料である珪石からの還元と太陽電池グレード(99.9999%以上)への精製及び800℃以上の高温が必要となるp/n接合形成プロセスに大量のエネルギーを消費している。

図1 ペロブスカイト構造
図1 ペロブスカイト構造
ペロブスカイトとは図1に示す結晶構造の1種で灰チタン石(CaTiO3)や強誘電体のチタン酸バリウム(BaTiO3)が代表例であり,銅酸化物高温超伝導体YBa2Cu3O7–δなどもペロブスカイト構造を基礎としている。組成式でABX3のペロブスカイトにおいて,AサイトにメチルアンモニウムカチオンCH3NH3+(MA+)などのアルキルアンモニウムカチオン,Bサイトに鉛イオンPb2+やSn2+イオンなどの金属イオン,Xサイトにヨウ素アニオンIなどのハロゲンアニオンを用いたものが有機・無機ハイブリッドペロブスカイトである。

この有機・無機ハイブリッドペロブスカイトの中ではMAPbI3が最もよく用いられているが,MAPbI3は光学バンドギャップが1.55 eVと単接合の太陽電池に理想的なバンドギャップ1.4 eVに近く,光吸収係数が10–5 cm–1と大きく,またプラズマCVDや真空装置など大掛かりな装置を用いることなく溶液プロセスかつ150℃程度の低温で成膜可能である。これを光吸収層として用いたペロブスカイト太陽電池は2008年に色素増感太陽電池の増感色素として用いた形で宮坂らによって初めて報告され1),2012年に電解液を有機正孔輸送材料に替えた全固体型のペロブスカイト太陽電池が開発された。

2008年には光電変換効率(PCE)が3.8%であったが,ここ数年で光電変換効率は急速に向上し受光面積が約0.1 cm2と小さいものでは最高で22.1%のPCEが報告されている2)このPCEは多結晶シリコン太陽電池の21.9%,セレン化銅インジウムガリウム太陽電池の21.7%,カドニウムテルル太陽電池21.0%と同等以上の特性であり注目を集めている3)。さらに有機・無機ハイブリッドペロブスカイト薄膜を用いた光・X線検出器や発光ダイオードへの応用も期待されている4, 5)

2. 有機無機ペロブスカイトの組成

ペロブスカイトのABX3の各サイトを置換する事でペロブスカイト薄膜の耐熱・耐湿性・バンドギャップなどの物性が大きく変化する。ペロブスカイト太陽電池は耐久性が問題となっているが,例えばMAPbI3の場合,AサイトのMA+には

CH3NH3+ ⇆ CH3NH2(沸点–6℃)+H+

の平衡があり昇華性のCH3NH2が100℃程度の熱又は真空中に静置するだけで有機カチオンが脱離し,MAPbI3が分解しやすいという問題がある。AサイトがCH(NH2)2+(FA+)の場合には上記のような平衡はなく,FAPbI3はMAPbI3より耐熱性が優れており,更に光学バンドギャップもMAPbI3の1.55 eVから1.48 eVと小さくなり,太陽電池に理想的なバンドギャップ1.4 eVに更に近くなる。またMAPbI3のIをBrに置換していくとバンドギャップが連続的に減少しMAPbBr3ではバンドギャップが2.28 eVとなる6)

このようにバンドギャップを制御できる点はタンデム太陽電池や多接合太陽電池の上部素子への応用の際に利点となる。先程のFAPbI3には黒色のα体と,黄色のδ体の構造異性体が存在し,室温付近では光電変換特性を示さないδ体が安定である7)

FAPbI3とMAPbBr3との混晶(FAPbI3)1–x (MAPbBr3)x は室温でα体が安定であり,最近の高性能ペロブスカイト太陽電池では(FAPbI3)1–x (MAPbBr3)x をベースにしたCs0.05MA0.16FA0.79Pb(I0.83Br0.17)3 8)やRb0.05Cs0.048MA0.15FA0.75Pb1.1(I0.83Br0.17)3 9)と言った複雑な組成のものが用いられることが多いが,熱に弱いMAを含んでいる問題がある。FAPbI3のAサイトをCs+に部分置換したFA1–x Csx PbI3は比較的単純な組成でありながら室温でα体が安定であり,高い耐熱・耐湿性を示し優れた光電変換特性を示す10, 11)

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