ゴーストの話です

(置きっぱ)

何年か前,友人の見舞いに行った時でした。病室へ看護婦が駆け込んできて「これ置きっぱになっていました」と,私がリハビリ室に置きっ放しにした小物入れを届けてくれました。その時初めて聞いた「なし」抜き表現でした。

この手の省略では,「ら」抜き言葉が有名です。最初は違和感を感じましたが慣れました。「置きっぱ」,「やりっぱ」などもその内慣れるのだと思います。言葉の省略は何か雑な感じもしますが,それなりの合理性があるのだと思います。

(省略できる主語)

言葉の省略に関して思い出すのが,日本語での主語の省略です。有名な事例が「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」です。翻訳などでは,主語を入れるそうです。省略された主語の補填に,決まったやり方などあるのでしょうか。

学問的な真偽は分かりませんが,日本語にはそもそも主語は無いという過激な主張もあるそうです。主語の省略に比べれば「ら」や「なし」の省略などは軽微なことかも知れません。

(省略し難いこと)

省略で生まれるのは,空間的あるいは時間的なゆとりです。通勤時間は省略可能なことが多いようです。飲み会もリモートで行なうことは可能なようです。しかし,飲み物の省略はできません。

製造活動にはエイジングと称される過程があります。時間をかけること自体が目的とされる活動です。エイジングでの「時間」は,飲み会での「飲み物」に相当します。空間の省略は可能でも、時間の省略は相当困難です。

(熟成・熟練というエイジング)

「熟成」もエイジング的です。肉や発酵食品に関連してよく聞く言葉で,基本的には適切な状態と環境で,ゆっくりと反応させるという操作です。製造分野でのエイジングでもゆっくり何かが変化するので熟成的です。

人間の熟成が熟練です。院生は学部学生より光軸合わせに熟練しているといった感じです。本人も気が付かないうちに,知らず知らずに熟練しています。熟成に似て,熟練もゆっくり進みます。単なる理解や慣れとは違います。

(研究所のエイジング)

研究所自体にもエイジングがあるということを感じたことがあります。キャベンディッシュ研究所の研究部長にインタビューをしているときでした。キャベンディッシュ研究所に勤め続けるている理由を伺いました。

「ここにはゴーストがいて,行き詰ったとき元気づけてくれるんだよ」。この発言を聞いた時,研究所にもエイジングがあるんだと思いました。熟成が進めばゴーストも生まれます。

人を驚かすのではなく元気づけるゴーストです。

(オプトエレクトロニクス分野でのエイジング)

日本のオプトエレクトロニクス分野にも,長い歴史がある研究所や大学があります。そのような機関は,メンバーの研究者に豊かなエージング効果を提供しているのではないでしょうか。

この記事をお読み頂いている方々にも,組織からのエージング効果があることを願いつつ連載を終えます。お付き合い頂きありがとうございました。

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