東大発表:光ファイバーの中のレアアースが観えた!

東京大学生産技術研究所

平成25年5月30日

「光ファイバーの中のレアアースが観えた!」

1.発表者: 溝口 照康(東京大学生産技術研究所 准教授)
増野 敦信(東京大学生産技術研究所 助教)
井上 博之(東京大学生産技術研究所 教授)
幾原 雄一(東京大学大学院工学系研究科 教授)
フィンドレー スコット(モナッシュ大学 研究員)
斎藤 吉広 (住友電気工業株式会社 グループ長)
山口 浩司 (住友電気工業株式会社 主幹)

2.発表のポイント:
◆成果
インターネットの高速光通信網には、レアアースを添加したガラスの光ファイバーが使われています。今回、その光ファイバー中に存在するレアアースの一種、エルビウムのひとつひとつを直接観察することに成功しました。
◆新規性
光ファイバーを構成するガラスは構造が複雑であり、通常の手法では内部の原子を観ることができません。今回エルビウムのみを強調して可視化する新しい手法を用いて、光ファイバー中のエルビウム単原子の観察に世界で初めて成功しました。
◆社会的意義/将来の展望
エルビウムを添加した光ファイバーはインターネットなどの高速光通信網に広く用いられています。今回の研究成果は、長距離大容量データ通信を可能にする高性能光ファイバー材料の開発に大きく役立つと期待されます。

3.発表概要
現代の高度情報化社会は光通信によって支えられており、日々膨大な情報が、世界中に張り巡らされた光ファイバー(注1)網の中を光信号として運ばれています。光信号は長い距離を伝わるにつれて弱くなってしまうため、通信網の中継地点には光増幅器が設置されています。光増幅器にはレアアース(注2)を添加したガラスファイバー(注3)が用いられていますが、ガラス(注4)の構造は非常に複雑なため、ファイバー内部の原子を直接観ることはこれまでできませんでした。
東京大学生産技術研究所の溝口照康准教授、増野敦信助教、井上博之教授、大学院工学系研究科の幾原雄一教授、豪州モナッシュ大学のフィンドレー・スコット研究員、住友電気工業の斎藤吉広グループ長、山口浩司主幹らは、球面収差補正走査透過型電子顕微鏡環状暗視野法(Cs corrected HAADF-STEM法)(注5)という新しいイメージング法を用いることにより、光増幅器用ファイバー中のエルビウム(注6)が、ひとつひとつばらばらに存在している様子を直接観察することに成功しました。エルビウム周囲の環境は光増幅特性に大きく影響するため、エルビウムがどのような状態でファイバー中に存在しているかを
直接明らかにした本研究成果は、将来の長距離かつ大容量光通信を支える光ファイバーの開発に大きく役立つと期待されます。
なお、本研究で行ったCs-corrected HAADF-STEM観察には、文部科学省の支援を受けた東京大学先端ナノ計測ハブ拠点のJEOL-ARM200CF装置が用いられました。また、本研究成果は米国化学会(ACS)発行のナノテクノロジー専門誌「ACS Nano」オンライン版に掲載されます。

4.発表内容
① 研究の背景・先行研究における問題点
インターネットやメールなど、我々の社会生活の中で高速通信は不可欠なものになっています。現在の高速通信を支えているのが光通信であり、世界中に光通信のために光ファイバー網が張り巡らされています。光ファイバーにより、1秒間に地球5周(約20万キロメートル)の速度でデータを伝えることができます。しかしながら、光信号は長い距離を伝わるにつれて弱くなってしまうため、通信網の中継地点には光信号を増幅するための装置が設置されています。この光増幅器にはランタノイド(注7)などのレアアースを添加したガラスファイバーが用いられています。増幅帯域の拡大などの性能の向上には、ガラス中のレアアースの存在状態を最適化した光ファイバーの開発が不可欠です。
一方で、ガラスファイバーの中の原子がどのような状態で存在しているのかはよくわかっていませんでした。それはガラスファイバーがアモルファス(注8)という複雑な構造を有しており、内部の原子を可視化することが困難だったためです(添付資料図1)。これまでの研究は、ガラスファイバー中に存在するレアアースの平均的な環境についての情報を得ることはできましたが、例えばそれらレアアース同士がどれくらい離れて存在しているのかという原子レベルでの解析は不可能でした。
② 研究内容
今回の研究では球面収差補正走査透過型電子顕微鏡環状暗視野法(Cs-corrected HAADF-STEM法)という新しいイメージング法を用いました。Cs-corrected HAADF-STEM法では、原子番号の約2乗に比例した明るさで原子を可視化することができます。光ファイバーは酸化シリコン(SiO2 原子番号Si:14,O:8)という軽元素で構成された物質から主にできており、その中にエルビウム(Er 原子番号68)という重元素が添加されています。今回の研究では原子番号が大きく異なることに着目し、Cs-corrected HAADF-STEM法を適用することにより、光ファイバー中のエルビウムのみを優先的に可視化することに成功しました(添付資料図2)。さらに、今回の結果から、光ファイバー中でエルビウム同士はお互いに離れており、原子レベルで分散していることも明らかとなりました。
また、分子動力学計算(注9)を用いてガラス中のエルビウムの原子構造モデルを構築し、得られた構造を用いてCs-corrected HAADF-STEMのイメージシミュレーション(注10)を行いました。その結果、ガラス中のエルビウムが可視化される結像原理が明らかとなり、エルビウムの見え方が様々な実験条件によって大きく変化することが分かりました。また、系統的なシミュレーションと実験の結果を検討し、アモルファス構造の中に取り込まれた重原子を可視化するための最適条件を突き止めることができました。
③ 社会的意義・今後の予定
エルビウムを添加した光ファイバーは、光通信システムの増幅器(Erbium doped optical fiber amplifier:EDFA)として広く実用に供されています。光ファイバーの中におけるエルビウムの分散状態は光学デバイスの性能と深く関わっており、エルビウムの分散状態を制御するための研究が盛んに行われてきました。本研究では、光ファイバー中に存在するエルビウム単原子を直接観察することに成功しており、高性能な光ファイバー材料の開発に大きく役立つと期待されます。
なお、本研究で行ったCs-corrected HAADF-STEM観察には、文部科学省の支援を受けた東京大学先端ナノ計測ハブ拠点のJEOL-ARM200CF装置が用いられました。
また、本研究成果は米国化学会(ACS)発行のナノテクノロジー専門誌「ACS Nano」オンライン版に掲載される予定です。

5.発表雑誌:
雑誌名:米国化学会(ACS)発行のナノテクノロジー専門誌「ACS Nano」オンライン版
論文タイトル:Atomic Scale Identification of Individual Lanthanide Dopants in Optical Glass Fiber (光ファイバー中ランタノイド単原子の直接観察)
著者: Teruyasu. Mizoguchi*, Scott D. Findlay, Atsunobu Masuno, Yoshihiro Saito, Koji Yamaguchi, Hiroyuki Inoue, and Yuichi Ikuhara
(溝口照康,フィンドレースコット,増野敦信,斎藤吉広,山口浩司,井上博之,幾原雄一)
DOI番号: 10.1021/nn400605z
アブストラクトURL:http://dx.doi.org/10.1021/nn400605z
Online: 2013/5/29 (Japan time)

6.問い合わせ先: 東京大学生産技術研究所 准教授 溝口照康
TEL:03-5452-6098
携帯:090-2422-9403
FAX:03-5452-6319
メール:teru@iis.u-tokyo.ac.jp

7.用語解説:
注1 光ファイバー
離れた場所に光を伝える伝送路。
注2 レアアース
ランタノイドに代表される元素群であり、地球上に存在する割合が低いもしくは分離精製が難しい元素のこと。発光材料や電池、蓄電池などに使用されている。
注3 ガラスファイバー
光ファイバーに用いられているファイバー状の物質。主に酸化シリコンや高分子で構成されており、光学特性を制御するためにレアアースなどの様々な元素が添加されている。
注4 ガラス
アモルファス構造(注8)を有している物質であり、内部の原子は長距離の周期性が無い物質の総称
注5 球面収差補正走査透過型電子顕微鏡環状暗視野法(Cs corrected HAADF-STEM法)
電子を用いて原子を観察するための手法の一つ。今回用いた装置では0.1ナノメートルのものも観ることができる。(1ナノメートルは10億分の1メートル)
注6 エルビウム
レアアースの一種で元素記号:Er、原子番号68。発光材料などに広く用いられている。
注7 ランタノイド
原子番号57から71までの15元素の総称。
注8 アモルファス
長距離の周期性を有さない原子構造の総称。
注9 分子動力学計算
原子に働く力を用いて原子構造を計算する方法。
注10 イメージシミュレーション
物質内部における電子の伝播の仕方を計算し、イメージを計算する方法。

8.添付資料:
図1 http://www.edge.iis.u-tokyo.ac.jp/ACSNano/Er-in-Glass-OLD.jpg
通常の手法を用いて観察したエルビウム添加光ファイバー。ガラスの構造が複雑なため原子を識別できない。
図2 http://www.edge.iis.u-tokyo.ac.jp/ACSNano/Er-in-Glass-Color.jpg
Cs-corrected HAADF-STEM法を用いた光ファイバー中エルビウムの原子像。白い輝点がエルビウム単原子。