東工大ら,分子の変形を2兆分の1秒でコマ撮りに成功

東京工業大学と独マックス・プランク物質構造ダイナミクス研究所の共同研究グループは,光スイッチ候補材料である分子性結晶Me4P[Pt(dmit)22に光をあて,原子や分子が動く様子の直接観測に世界で初めて成功した(ニュースリリース)。

光メモリーや光スイッチ,光触媒など,光機能材料の開発が進められている。光機能性物質の探索やその動作機構を解明するには,光励起によって引き起こされる電子状態や結晶構造の変化を経時的に観察することが必要不可欠となる。最近では,超短パルスレーザー光源の開発普及により,1~10兆分の1秒程度の時間分解能で光学スペクトル測定が行なえるようになり,これを用いた電子状態の時間変化の研究が盛んになっている。

これに加え,X線を用いた回折像測定により,原子の位置を経時的に直接追えれば,光学スペクトル測定とは独立に分子や結晶の形状(構造)変化の直接観測が可能となる。しかしX線を超短時間パルス化して,光照射後の回折像変化のコマ撮り撮影を行なおうとすると,種々の問題が存在する。

例えば,異なる発生源を持つ励起光パルスとX線パルスを時間的に同期させる方法の問題,物質表面付近で強く吸収される励起光に対してX線は遥かに物質の奥深くまで侵入するために,関与する体積の違いからX線回折像の光励起による変化は必然的に小さいという問題,さらにはX線による物質へのダメージの問題など,電子状態と構造変化の関係の解析はいまだ困難な状況にあった。

一方,マックス・プランクの研究グループはピコ秒(ps)以下の時間幅を持ち,かつ高強度のパルス電子線源と,これを用いた高い時間分解能を持つ電子線回折像測定装置を開発した。電子線パルスを用いるため,X線パルスを使う際の問題の多くは解決されるうえに,放射光施設のような大型施設ではなく,通常の実験室に収まるコンパクトな測定装置で観測が可能となる。

そこで研究グループは,同一の光応答材料候補に対して電子状態観測のための分光測定と構造変化観測のための電子線回折測定を複合・複眼的に組み合わせて利用する新手法を開発し,「結晶中での原子や分子の実際の動きを見る」ことに挑戦した。

具体的には,超短パルス電子線源(時間幅0.4ピコ秒程度)を用いることで,分光測定に匹敵する時間分解能が得られる電子線回折像測定装置により回折像をコマ撮りで撮影し,光照射によって構造が変化する様子を直接観測した。測定対象には,電荷分離相転移を示すMe4P[Pt(dmit)22を用いた。

その結果,光照射によって引き起こされた結晶中の原子や分子の動きを,2兆分の1秒という時間分解能と100分の1nm以下という空間分解能で,“直接”見ることに成功。結晶内での特定の分子の動きの組み合わせが結晶の機能と連携していることを明らかにした。

今回の研究成果により,光照射に応答した構造変化を直接観測できたため,理論モデルとの明確な比較が初めて可能となった。また初期過程においてこれまで考慮されていなかった分子の動きが観測されたことは,この物質を基にした光機能性分子材料の設計方針に重要な知見を与えるものだという。

超短時間パルス電子線による電子線回折像のコマ撮り測定と,特定の原子の動き方を仮定しない構造の時間変化決定手法の組み合わせは,汎用的で他の複雑な系にも適用できる。例えば,生体分子における光合成過程のような,思いもよらない複雑な動きをする場合にも,光照射に応答した構造変化の時間依存性を直接目で見て理解する道を拓くとしている。

また,研究で用いた超短時間パルス電子線を用いた高い時間分解能を持つ電子線回折像測定装置は,ドイツ国内でミラーグループが運用しているものであるが,ほぼ同じ性能を持つ装置を岡山大学で立ち上げ,運用を開始しており,国内において同様の測定が現時点で可能となっているという。

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